(社説)ゴーン被告逃亡 身柄引き渡しに全力を
2020年1月7日 5時00分
世界を驚かせた逃走劇から1週間が過ぎた。情報が交錯し、経緯にはいまだ不明な点が多いが、保釈中の日産自動車前会長カルロス・ゴーン被告が、国籍をもつレバノンに違法に出国したことは間違いない。法秩序を踏みにじる行為であり、断じて許されるものではない。
森雅子法相はきのう記者会見し、国際機関などと連携して、日本での刑事手続きが適正に行われるよう、できる限りの措置を講じる考えを示した。
会社法違反などの罪に問われたゴーン被告は無罪を主張し、東京地検が日産関係者と交わした司法取引についても違法だと訴えていた。被告が不在のままでは裁判は開かれず、事件は宙に浮くことになりかねない。
レバノン政府とねばり強く交渉するのはもちろん、日本の司法制度について丁寧に情報を発信するなど、あらゆる外交努力を尽くし、ゴーン被告の身柄の引き渡しを実現させる。それが政府の責務だ。
あわせて、前代未聞の逃走を許してしまった原因は何か、究明を急ぐ必要がある。
ゴーン被告はプライベートジェット機を使って関西空港から出国した可能性が高いとみられる。一連の審査手続きに不備や緩みはなかったか。国民に対する説明と適切な改革が求められるのは言うまでもない。
ゴーン被告は起訴・保釈・再逮捕などの曲折を経て、昨年4月末から身体拘束を解かれていた。住居玄関への監視カメラ設置、パソコンや携帯電話の利用制限など、弁護側が示した条件を裁判所が認めた。にもかかわらず、結果として今回の事態を防げなかったことを、関係者は重く受け止めねばならない。
15億円という保釈保証金は、富豪であるゴーン被告に対するものとして適切だったか。弁護士にすべて預けるはずだった複数の旅券を、途中から1冊に限ってとはいえ、被告が携帯することを認めたことに問題はなかったか――。他にも点検すべき事項はあるはずだ。
日本では容疑を認めない人を長く拘束する悪弊が続き、国内外の批判を招いていた。それが裁判員制度の導入などを機に見直しが進み、保釈が認められるケースが増えてきている。ゴーン被告の処遇は象徴的な事例の一つであり、運用をさらに良い方向に変えていくステップになるべきものだった。その意味でも衝撃は大きいが、だからといって時計の針を戻すことはあってはならない。
捜査・公判の遂行と人権の保障。両者のバランスがとれた保釈のあり方を模索する営みを続けるためにも、今回の逃走の徹底した検証を求める。
ゴーン被告の弁護士がブログで心境「暴挙と全否定できない」
日産自動車の元会長、カルロス・ゴーン被告の弁護を担当する高野隆弁護士は4日、みずからのブログを更新し「レバノンへの密出国を知ったとき激しい怒りの感情が込み上げたが、日本の司法とそれを取り巻く環境を考えると『暴挙』『裏切り』『犯罪』と言って全否定することはできない」などと記しています。
高野弁護士は4日、「彼が見たもの」というタイトルでブログを更新し、ゴーン元会長が中東のレバノンに出国したことについての心境をつづっています。
ブログの内容は弁護団としての意見ではなく個人的な意見だとしたうえで、「大みそかの朝、私はニュースで彼がレバノンに向けて密出国したと知り、まず裏切られたという激しい怒りの感情が込み上げた」と記しています。
そのうえで「実際のところ、私の中では何一つ整理できていないが、1つだけ言えるのは彼がこの1年余りの間に見てきた日本の司法とそれを取り巻く環境を考えると、この密出国を『暴挙』『裏切り』『犯罪』と言って全否定することはできない」としています。
またブログでは、ゴーン元会長が「公正な裁判は期待できるのか」と何度も同じ質問をしてきたのに対し、高野弁護士が「それは期待できないが無罪判決の可能性は大いにある。われわれは、ほかの弁護士の何倍もの数の無罪を獲得しているので信頼してほしい。必ず結果を出してみせる」と伝えたことを明らかにしています。
そして、保釈の条件になっていた妻のキャロルさんと接触禁止について、ゴーン元会長が「これは刑罰じゃないか。一体いつになったらノーマルな家族生活を送ることができるんだ」などと不満を述べていたとしたうえで、出国の5日前のクリスマス・イブの日に、元会長が裁判所の許可を得て、ビデオ会議システムを使ってキャロルさんと面談した際には、パソコン画面に向かって「君との関係は子どもや友人では置き換えることはできない。君はかけがえのない存在だ。愛してるよ」と語りかけていたことも明らかにしています。
このとき高野弁護士はゴーン元会長に対して「とても申し訳ない。一刻も早くこの状況を改善するために全力を尽くす」と声を掛けましたが、元会長から返事はなく「弁護士の存在などないかのように次の予定を秘書と確認していた」と当時の状況をつづっています。
最後に高野弁護士は「寂しく残念な結論である。もっと違う結論があるべきだ。確かに私は裏切られた。しかし、裏切ったのはカルロス・ゴーンではない」と締めくくっています。