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 日韓関係が政治的にギクシャクしても,常に日本側が自制し,譲歩を重ねてきたのは,毎年2百億ドルを超える貿易黒字という大きなメリットがあったから.「クレームの多い困った客ではあるが,大量の取引をしてくれるお得意さんだから…」と,韓国に対しては常に「大人の対応」に終始してきた日本.その対応が劇的に変わりつつあり,韓国側を慌てさせている
 世耕弘成経産大臣は,韓国に対する輸出管理厳格化に関して2つの決定を下した
(1)大量破壊兵器の開発につながる戦略物資の輸出手続きを簡略化できる「ホワイト国」待遇から韓国を外し,通常の輸出手続きに戻す
(2)フッ化水素・レジスト・フッ化ポリイミドの3品目について,輸出管理を厳格化する
 昨年,韓国人の戦時応募工(韓国側の主張では「日本に強制連行された徴用工」)が未払い賃金の支払いなどを求めて日本企業を次々に告発,韓国大法院が被告企業に損害賠償を命じた「徴用工判決」を下した.日韓双方が「両国間の請求権の問題は最終的かつ完全に解決した」と定めている1965年の日韓請求権違反であるとして,同協定に定める「第三国による仲裁手続き」に応じるよう日本側が再三再四,韓国政府に要請してきたのを,文在寅政権はことごとく無視してきた
 今回の日本側の措置はこれに対する「報復」であり,「日本は政治的葛藤を貿易問題に転化し,韓国に対するフッ化水素の輸出規制を始めた.これは自由貿易の原則に反する」と韓国は主張,世界貿易機関 WTO に提訴した.日本メディアの多くもこの韓国側の主張に沿って,「徴用工判決への報復」であり,「輸出規制」であると報道している
 しかし,こうした処置は「報復ではなく,安全保障上の問題である」と日本政府は再三再四,説明している
フッ化水素とはどういうものか?
 まず,前述の決定(2)で管理が厳格化されたフッ化水素とは,どういうものか.これは,ホタル石という鉱石に濃硫酸をかけると発生する化合物.ほとんどすべての元素と反応し,水素と結びつくとフッ化水素となる.無色透明の液体がガラスも溶かし,ゴム手袋も貫通する.スプーン1杯で致死量という劇薬なので,取り扱いには厳重な注意が必要
 2012年に韓国・亀尾市の化学工場で,タンクローリーから工場の貯蔵タンクに積み替えていたフッ化水素が漏れる事故が起こった.この事故で従業員5人が死亡したほか,近隣住民4千人あまりが頭痛や目の痛みを訴えて診察を受けた.オウム真理教がテロに使った化学兵器のサリンや,マレーシアの空港で金正男氏の暗殺に使われたVXガスの原料にもフッ化水素が使われている
 このように極めて危険なフッ化水素が,実はこれ,半導体産業には欠かせないもの.半導体のプリント基板を印刷し,洗浄する際にこのフッ化水素を使う.半導体の製造には不純物のほとんどない,高純度のフッ化水素が不可欠.これをつくれる日本企業は森田化学工業,ステラケミファなど数えるほどしかない.それらがフッ化水素生産の世界シェア8割を握っており,残りの2割は中国企業
 アジア通貨危機の後,韓国経済のけん引役になったのがサムスン電子とヒュンダイ自動車だった.サムスンが東芝の技術者を引き抜いて作り上げたスマホ「ギャラクシー」は世界市場を席巻した.その結果,韓国では大量の半導体が必要になり,半導体生産でもサムスン電子とSKハイニックスが,米系・日系企業を差し置いて,世界シェアの25%を占めるようになった.ところが韓国は,その半導体生産に不可欠なフッ化水素を国産化できない
 ほかにも,半導体の製造に不可欠なレジスト・コーティング剤や,液晶に代わってスマホ画面に採用されつつある有機ELディスプレイの原料となるフッ化ポリイミドは日本企業の独壇場.韓国はこれらの日本製材料や薬品なしにスマホをつくれない.これらを日本から大量に輸入しないといけないため,韓国は日本に大きな貿易黒字をもたらしていた
今回の措置は輸出規制ではなく,輸出管理の強化
 韓国にとってそれほど重要な物資の輸出について「審査を厳格化する」と経産省は発表した.朝日・日経・毎日等はこれを「輸出規制」と報道したが,不正確.経産省が発表したのは「輸出規制」ではなく「輸出管理の強化」「ホワイト国扱いの優遇措置解除」だ.「規定の手続きを踏んでいただければ,今後も輸出は許可される.他の多くの国が従っている通常の手続きに従ってください」…平たく言えば,こういうこと
 もっと重要なことは,徴用工判決への報復ではなく,「安全保障上の問題」である,と世耕弘成経産大臣が明言したこと.というのも,実はフッ化水素は,原子力発電や原子爆弾製造に不可欠な化合物だから
 原子力発電には,ウラン鉱石から取り出した天然ウランの「濃縮」が必要.核分裂の連鎖を引き起こすウラン235を抽出する作業で,気化させた天然ウランを遠心分離機にかける.天然ウランは金属から,これを気化させるには3700℃以上の超高温を維持しなければならない.ところが天然ウランにフッ化水素を反応させた六フッ化ウランは,57℃で気化する.したがってウラン濃縮にフッ化水素は不可欠
 ウラン235の濃度が5%を超える「低濃縮ウラン」は原発の燃料棒に使われる.さらに濃縮を繰り返して90%を超える「高濃縮ウラン」は,「広島型」とも呼ばれるウラン原爆の材料となる
安全保障上の問題にどうかかわってくるのか
 では,そのことが日本にとっての安全保障上の問題にどうかかわってくるのか.それを理解するヒントとして,ロイター通信が7月9日に配信したニュースを取り上げてみよう
 「韓国の成允模産業通商資源相は9日,韓国から北朝鮮にフッ化水素が横流しされているとの日本メディアの報道を否定し,根拠のない主張を即止めるよう求めた.…日本の一部メディアは,日本が韓国向け輸出規制を厳格化した品目の一つ,フッ化水素が韓国から北朝鮮に横流しされている恐れがあると報じていた」
 日本の対韓輸出審査厳格化の対象になったフッ化水素に,韓国から北朝鮮への「横流し疑惑」について検証してみよう
 日本は小泉政権時代の2004年,盧武鉉政権からの要請を受けて韓国を「ホワイト国」に指定し,フッ化水素の輸出手続きを簡素化した.「サムスンやSKハイニックスが大量のフッ化水素を必要としているから…」というのが韓国側の説明だった.「親北朝鮮派」として知られる当時の盧武鉉大統領に,秘書室長として仕えていたのが文在寅氏だった
 5年後の2009年,北朝鮮は最初の核実験を行い,国連安保理決議1718で経済制裁の対象国になった.2017年の最後の核実験と弾道ミサイル実験に対する安保理決議2397まで,制裁は徐々に強化され,核開発に直結するフッ化水素など戦略物資の対北朝鮮輸出が禁止されている
 北朝鮮は天然ウランを産出するが,フッ化水素の製造技術を持たない.隣の韓国には,日本から大量のフッ化水素が輸入されており,親北朝鮮派が政権を握っている.何が起こるか想像するのは容易なこと.国連の監視をかいくぐって,どうやって北にフッ化水素を送るかについて検討する
 方法は2つある.第三国経由での輸出か,海上での船舶間の瀬取り
韓国はいったいを恐れているのか
 2018年12月,韓国海軍の艦艇「広開土大王」が,日本海上空で情報収集していた海上自衛隊のP-1偵察機に対して,敵対行動を意味する火器管制レーダーの照射を行った事件について,いまだ韓国側は合理的な説明をせず,日本に謝罪しようとしない.いったい,韓国軍は何を恐れているのか.「瀬取りとは無関係だ」と主張するのであれば,韓国側は合理的な説明をすべき
 話はそれだけでは終わらない.もう1つ,気になるニュースがあった.同じ2018年12月,AFP通信が配信した記事
 核開発疑惑で北朝鮮と同様に米国の経済制裁を受け,原油輸出のドル決済を禁止されたイランが,韓国への原油輸出の代金を「物品」で受け取ることで合意した,というもの.情報源はイラン韓国商工会議所の関係者,とのことで,「物品」が何であるかは言及していない
 そのイランが,オバマ政権時代に結んだ核合意で定めたウラン濃縮の上限である3.67%を超え,「20%まで引き上げることも検討中」と発表した.ウラン濃縮に必要な大量のフッ化水素を,イランはどこから手に入れたのか
トランプは韓国経由の横流しを把握し,倍政権が輸出管理強化を打ち出した?
 大阪でのG20直前に安倍首相がイランを訪問し,西側指導者とはめったに会わない最高指導者ハメネイ師と会見した.G20直後に今度はトランプ大統領が板門店を電撃訪問し,金正恩委員長と3度目の首脳会談を行いたが,同行した文在寅大統領には席を外させた.日本政府が,韓国に対するフッ化水素の輸出管理強化を打ち出したのは,これらの動きを受けた後の決定
 政権内でどんな議論がされたのか,筆者には知り得ない.しかし,これまで紹介した公開情報を基に,以下のような推論を構築することが可能
 トランプ大統領は日本製フッ化水素が韓国経由で北朝鮮やイランに横流しされている,という確証を得ており,そこで安倍首相を「代理人」としてイランに派遣してこれを確認させ,自ら板門店に乗り込んで北朝鮮に核開発停止を念押しした.そして安倍首相はアメリカの意向を受けて,経産省にフッ化水素の輸出管理強化を指示した…
 北朝鮮は今のところ大人しくしているが,問題はイラン.安倍首相訪問中に,ホルムズ海峡で日本のタンカーを攻撃した武装集団の正体はいまだ不明.ホルムズ海峡で衝突が起これば原油価格は急騰し,日本経済はそれこそ「リーマンショック級」のダメージを受ける.そのイランの核開発に韓国が関わっているとすれば,まさにこれは地政学の観点に立った「安全保障上の問題」
 日韓の対立を面白がり,溜飲を下げているだけではダメ.今,世界で最も戦争の危機が高まっているのはホルムズ海峡であり,核武装を進めるイランvsサウジとイスラエル,その背後にいる米国との対立.米国はすでにホルムズ海峡の有事に備えて「有志連合」の結成を呼びかけている.ユーラシア大陸全体を俯瞰して眺めれば,事の本質が見えてくる
 トランプ大統領は「日米安保条約は不平等だ」と,繰り返し発言している.「日本も有志連合に参加して,米軍と一緒に戦え」などと言っているのではない.少なくとも「自国のタンカーぐらいは,自国で守れ」という当たり前のことを求めている
 日本が目先の金儲けだけに走り,ホルムス海峡を航行するタンカーの安全は米軍に守ってもらいながら,何ら国際貢献をせず,それどころか核開発に必要な戦略物資の輸出にも無頓着だとすれば,これは日米同盟関係の「終わりの始まり」になる.これまで述べたことはあくまで推論が,その意味で今回の「対韓輸出規制の厳格化」は,日本が国際社会への責任を果たす上で重要な一歩となった,と私は高く評価している
 地政学と世界史の教養で朝鮮半島を展望する時,近い将来,多くの人が予想していない事態を読み解くことができる.それは北朝鮮が主導する「統一朝鮮」の出現
 ただ,統一朝鮮の情勢は,日本にとってさほど重要ではない.あくまで変数の1つ.もっと深刻な問題は,米国が世界の警察官としての役目を終えようとしている中で,中国が東アジアの覇権をとりにきているということ
第28類 無機化学品及び貴金属,希土類金属,放射性元素又は同位元素の無機又は有機の化合物 に関する対韓輸出激減(低単価製品の輸出ストップと高単価製品の輸出継続)から,次の事が推測できる
・韓国は2019年7月まで,日本の輸出管理上の「ホワイト国」という地位にあり,「一般包括許可」さえ得られれば,フッ化水素など,軍事転用可能なさまざまな物資であっても無制限に輸入することができていた
・フッ化水素のうち低純度のものは韓国にも製造できるが,「何らかの目的」により,低純度品についても,自国で生産したものだけでなく,わざわざ日本産のフッ化水素を輸入していた
ここでいう「何らかの目的」は,日本から低純度なフッ化水素を輸入し,そのまま第三国に横流しして儲けるとともに,横流しがバレた場合,日本に全責任を押し付けるためだった
・しかし,2019年7月1日に日本政府が韓国に対する輸出管理適正化措置を発動して以降,フッ化水素については一般包括許可の対象から外され,個別許可の対象となったため,「用途の確認」をクリアすることができなくなり,日本からの低純度品の輸入がストップした
・韓国が欲しがったのは フッ素樹脂 PTFE 素材の輸出入貨物運用容器

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