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B52も、空母も、強襲揚陸艦も
鈴置:6月16日、北朝鮮が開城(ケソン)工業団地にある南北共同連絡事務所を爆破しました。翌日、米国はB52戦略爆撃機を日本海に送りました。B52は核搭載が可能で、北朝鮮への露骨な圧迫です。
  米太平洋空軍の発表 によると、6月17日に日本海上で2機のB52が航空自衛隊機及び、米海軍機と合同演習を実施しました。
 航空自衛隊の4機のF2と12機のF15がB52を広範囲にわたってエスコートしたほか、日米は迎撃訓練を実施しました。関係者によると自衛隊機は2機あるいは4機ずつ、リレー方式で護衛にあたったようです。米海軍からは電子戦機のEA18G(複数)が参加しました。
 6月22日には米国のインド太平洋司令部がフィリピン海域で2隻の空母が演習中と 発表 しました。
 セオドア・ルーズベルトとニミッツで、横須賀を母港とするロナルド・レーガンと合わせ、3隻が西太平洋に集結したことになります。もちろん、北朝鮮を威嚇するためです。
 なお、発表は6月22日でしたが、6月中旬には日本の専門家の間でも「空母3隻体制」は知れ渡っていました。「爆破」以前から米国はそれを見越して準備していたのです。
 同じころ西太平洋で、米海兵隊の水陸両用部隊が北朝鮮を念頭に演習に入った模様です。戦闘攻撃機F35を搭載する強襲揚陸艦1隻と、ホバークラフトを積むドック型揚陸艦2隻で構成する両用即応グループ(ARG)です。
 空母を中心とする打撃グループもARGも、海上自衛隊の護衛艦群が一緒に行動していると見られます。B52と航空自衛隊の合同演習と合わせ、米日は手を組んで徹底的に北朝鮮を牽制したのです。
空爆で金正恩暗殺を狙う
――北朝鮮に米国の意図は伝わったでしょうか。
鈴置:もちろん、伝わっています。ブルックス(Vincent Brooks)前・在韓米軍司令官が6月17日、 戦略国際問題研究所(CSIS)のオンラインセミナー で以下のように語って、演習の意図を明確に説明しています。開始7分32秒後からです。
・軍事的手段を動員し北朝鮮への圧迫を強化すべきだ。核兵器を投下できる爆撃機、F35、空母と原子力潜水艦が展開する姿を見せつけるのだ。
 6月23日、金正恩(キム・ジョンウン)委員長は朝鮮労働党中央軍事委員会の予備会議を主宰しました。北朝鮮メディア「 わが民族同士 」(6月24日、日本語版)は「軍事委員会は最近の情勢を評価して朝鮮人民軍総参謀部が党中央軍事委員会第7期第5回会議に提起した対南軍事行動計画を保留した」と報じました。
 行動計画とは連絡事務所の爆破に次ぐ措置で、(1)開城や金剛山に軍部隊を展開、(2)非武装地帯に監視所を再び設置、(3)陸と海の軍事境界線で部隊を増強し軍事訓練を再開、(4)前線の一部を開放し人民の「ビラ散布闘争」を保障――の4つ。要は、韓国に対する軍事的な脅しでした。
 北朝鮮は爆破から1週間後にそれらを棚上げし、とりあえずは矛を収めて見せたのです。米国の威嚇――ことに空軍演習による威嚇は実によく効きます。
 2017年秋に北朝鮮が核・ミサイル実験を中止し、翌年6月に初の米朝首脳会談に応じたのも米軍の「空からの脅し」によるものでした。米軍は金正恩委員長を空爆で暗殺する計画を持ちます。いくら演習とはいえ、ご本人は生きた心地もしなかったでしょう。
韓国こそが「蚊帳の外」
――攻撃されたら、北朝鮮は韓国や日本に対し核報復しませんか?
鈴置:その可能性が高い。だから米軍は暗殺と同時に北の核基地も攻撃します。徹底的に基地を潰すために、戦術核も使うと専門家は見ます。それもあって、ブルックス前司令官は「核による威嚇」を強調したのでしょう。
――朝鮮半島で今、起きていることは「南北」ではなく「米朝」の争いなのですね。
鈴置:その通りです。ボルトン(John Bolton)前米大統領補佐官が回顧録『 The Room Where It Happened 』で明かしたように、半島を巡る外交ゲームは基本的には米国と北朝鮮の闘いなのです。韓国も主要プレーヤーであるかのごとくに見えますが、文在寅(ムン・ジェイン)政権がそう装っているに過ぎません。
 ことに日本では、「文在寅は安倍よりも外交が上手い」「安倍のせいで日本は蚊帳の外だ」といった、韓国政府の宣伝を鵜呑みにした言説がテレビやネットで出回って「韓国主役説」が広がりました。本当は韓国は「蚊帳の外」、せいぜい、「脇役」なのです。
 今回も韓国が、北向けのビラを禁止するといくら約束しても北朝鮮は姿勢を硬化させるばかりでした。というのに米軍が脅したら即、すごすごと引き下がった。これが何よりの証拠です。北朝鮮が怖いのは米国であって韓国ではないのです。
脅せばシッポ振る南
――その米朝の闘いで、北朝鮮は完敗した?
鈴置:そう判断するのは早すぎます。駆け引きは始まったばかり。北朝鮮は矛を収めましたが、すでに得るものは得ています。韓国側は北に脅されてすっかり弱腰になりました。
 今年1月まで首相のポストにあり、次の大統領選挙に与党「共に民主党」から立候補すると見られる李洛淵(イ・ナギョン)議員は6月24日、以下のように ツイート しました。
・北韓の金正恩委員長の対南軍事行動の保留決定は韓半島の緊張を和らげる、とても適切な決断と受け止め歓迎します。
・南北の適切な対話と南北米中の高官級対話により、韓半島の現状を打開し、望ましい新たな局面を造成することを希望します。
 開城工業団地の南北共同事務所は韓国政府の資産です。韓国はそれを爆破された。その後に「脅しはひとまず中止だ」と言われただけで、次の大統領と目される人が「大変、ありがたいことです」と答えてしまったのです。
 対話を呼びかけるにしろ普通なら、爆破の責任を追及してからの話でしょう。このツイートは文在寅政権の意向を代弁していると見られます。金正恩委員長は「脅した後、ちょっと頭をなでてやれば南はシッポを振ってついて来る」と大笑いしているはずです。
ストックホルム症候群に陥った
 文在寅政権との関係は良くないものの、「共に民主党」から次期大統領選への出馬を狙うとされる政治家がもう1人います。李在明(イ・ジェミョン)京畿道(キョンギド)知事です。
 この人も6月24日、フェースブックで「保留」に関し以下のように言及しました。聯合ニュースの「 李在明、『北側の対南軍事措置の保留を歓迎…平和・協力の新たな礎に』 」(6月24日、韓国語版)から翻訳します。
・歓迎する。対敵攻勢をかけると公言していた北側としても、保留を決めるのは容易ではなかったと推測する。
 李在明知事に至っては「歓迎」に留まらず「苦しい決断だったろう」と金正委員長を労わったのです。
 ヤクザが殴る手を止めたら、殴られていた人が「苦渋の決断を下されましたね」と揉み手してゴマをする感じです。李在明知事にすれば、米国というもっと強力なヤクザに脅された同胞を労わっているつもりかもしれませんが。
 2人の政治家はいずれも左派。彼らは北朝鮮との良好な関係を売り物にしている。そこで北に脅されると、思わず従ってしまうという構造的な弱点を持ちます。ただ、見落としてはならないのは、普通の人の間にも北朝鮮へのゴマすり感情が広がっていることです。
 冒頭で引用したB52による威嚇。韓国メディアも報じましたが、事実を報じるだけの小さな扱いでした。少し前までなら「なぜ韓国空軍機が合同演習に参加せず、代わりに自衛隊機がエスコートしたのか」と保守系紙が政府を厳しく追及したでしょう。
 日米だけの合同演習は日本の半島問題への関与と、韓国の「蚊帳の外」を象徴します。それへの反発が韓国から一切、出なくなった。北朝鮮が核開発に成功した後、ほとんどの韓国人は北の顔色をひたすら窺う存在に堕ちたのです。
 誘拐事件の人質が警察ではなく犯人に共感する「ストックホルム症候群に陥った」と自嘲する韓国人も一部にはいるのですが。
北にカネをばらまけばよい
――北朝鮮の狙いは制裁の緩和ですね?
鈴置:まずは、そうでしょう。国連制裁に加え、新型肺炎の影響で食糧の輸入も国内流通も急速に細っているようです。保守系紙の朝鮮日報はこれまで優遇されていた首都・平壌(ピョンヤン)まで配給が止まり、住民の間に不満が高まっていると報じました。
北、内部で取り締まりショー…平壌まで3か月食糧配給が途絶え、民心は爆発寸前 」(6月25日、韓国語版)です。
 一方、南の人々はストックホルム症候群に罹っている。北朝鮮は軍事的な追加措置をあくまで「保留」しているに過ぎません。軍事的な緊張が再び増せば「おカネで済むことなら払おう」といった空気が高まってくると思います。
 金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)の2つの左派政権で統一部長官を務めた丁世鉉(チョン・セヒョン)氏が6月18日、それを主張しました。
 丁世鉉氏は大統領の諮問機関である民主平和統一諮問会議の首席副議長ですから、文在寅大統領の本音と見なしてよいでしょう。朝鮮日報の「 『南北が戦争の恐怖なしに生きるには』…躊躇なくバラまけと丁世鉉 」(6月19日、韓国語版)から発言を拾います。
・南北が戦争の恐怖なしで生きていくには、経済協力と軍事的な緊張緩和を連携する方法しかない。これを別の言葉で言えば、バラマキである。
米国の足かせを外そう
――バラマキ、つまり北朝鮮にカネを渡すなんてことを米国が認めるのでしょうか?
鈴置:その可能性は極めて低い。先にカネを渡したら、北は食い逃げして非核化などしないからです。トランプ(Donald Trump)米大統領は自ら誇る「取引の達人」ではなくなってしまいます。
――では、韓国は対北援助をあきらめる……。
鈴置:丁世鉉氏ら親北左派は米国と敵対してもカネを渡すつもりでしょう。先ほどの記事によれば、以下のようにも語っていす。
・外交部が2019年11月に深くも考えず(米国側の提案を)受け入れた韓米ワーキンググループが、南北米の二人三脚に縛り付け、南側が北側に歩み寄るのを防ぐ足かせになっている。
 米韓ワーキンググループは、文在寅政権が野放図に対北援助に動くのを阻止する装置です。韓国が北朝鮮にカネやモノを送る際には、この組織の――事実上は米国からの許可が要るのです。
 丁世鉉氏は「米国は無視しよう」とは言っていない。しかし、米韓ワーキンググループを南北関係改善の「足かせ」と表現したうえ、軍事的な緊張の元凶と示唆しています。反米世論を盛り上げ、米国の制止を振り切って対北経済協力に踏み切る作戦でしょう。
米韓同盟破壊が真の目的
――そうすると、北朝鮮の本当の狙いは……。
鈴置:援助を得るだけではなく、それを通じて米韓関係を破壊することにあると思われます。米国もこれを一番心配しています。
 ブルックス前・在韓米軍司令官は先に引いたCSISのセミナーで、爆破など一連の挑発に関し「北朝鮮の動機はワシントンとソウルを離間させることにある」と言い切っています。
 ナッパー(Marc Knapper)米国務副次官補も6月23日、 アジア・ソサエティのオンラインセミナー で「北朝鮮の核・ミサイル問題の解決に注力している。そのためにも韓国と手を取って動かねばならない」と語りました。
 開始16分18秒後からです。韓国との足並みの乱れを予想するからこそ、「手を取って」と米韓協調を強調したのでしょう。
 B52の日本海演習は北朝鮮だけではなく、韓国に対する警告でもあったと思います。この演習は韓国の基地を使わなくとも、グアムと日本の基地を活用すれば北朝鮮の空爆など簡単にできることを如実に示しました。「韓国が腰砕けになろうと、米軍は非核化を譲らない」との強力なメッセージなのです。
まずは「駐留なき安保」から
――米国に不信感を募らせるとしても、同盟破棄に賛成する韓国人がどれほどいるのでしょうか。
鈴置:確かに、普通の韓国人は米韓同盟の破棄には容易には踏み切れない。そこで左派政権は、初めは在韓米軍の削減や撤収に留めるというトリックを使うと思います。
 同盟は維持するわけですから「いざ」の時は米軍が助けに来てくれるように見えます。でも、米韓同盟には自動介入条項がない。在韓米軍という人質がいるからこそ有事の際、米国は韓国に兵を送るのです。
 この「駐留なき安保」までこぎつければ、北朝鮮は韓国を侵略する必要はなくなります。「侵略するぞ」と脅すだけで、韓国はカネもモノも送って来るでしょう。
 在韓米軍が存在する今だって「北にカネをばらまけばいい」との声があがるのですから。そんな韓国を見た米国はますます愛想を尽かす。「駐留なき安保」は次第に同盟を蝕んでいくのです。
米韓同盟は不要と考えるトランプ
――米国もそれでいいのでしょうか。
鈴置:トランプ大統領は米韓同盟が重要とは考えていません。ボルトン前補佐官も『 The Room Where It Happened 』でそれを強調しています。在韓米軍の撤収ぐらい、何の抵抗感もないでしょう。
 2018年6月の初の米朝首脳会談の本質も「北朝鮮の非核化」と「米国が韓国にかざす核の傘の撤去」、つまりは「米韓同盟廃棄」の取引でした。『 米韓同盟消滅 』の第1章第1節「米韓同盟を壊した米朝首脳会談」で詳述した通りです。
 在韓米軍の費用分担で揉めたくらいのことでも、トランプ大統領は在韓米軍を撤収しかねません。この大統領にとって韓国に限らず、外国に駐屯する米軍はおカネだけかかる、無駄な存在なのです。
――米国の専門家は撤収に反対しませんか?
鈴置:反対する人は出るでしょうね。ただ、米国の安保専門家、ことに朝鮮半島に詳しい人が米韓同盟の将来にどんどん悲観的になっているのも事実です。韓国人の中国への異様な従属心や恐怖感を知るほどに「同盟は長くは持たない」と思い至るのです。
 その中から「どうせ消滅する同盟なのだから、存在するうちに北の非核化と交換すればよい」と考える人が出ても不思議ではありません。
 朝鮮半島を巡る動きは急で、表面を追うと目が回ります。しかし、じっくり眺めると「米韓同盟消滅」に向け地殻変動が始まっているのが分かります。日本はそれから目をそらしてはならないのです。
鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95〜96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に 『米韓同盟消滅』 (新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。
週刊新潮WEB取材班編集
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