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PCR検査能力
 厚労省の認識「PCR検査能力は3千件以上」(ニューズウィーク日本版2月19日付)は、厚労省から都道府県(本庁から地方衛生研究所)へ何件できるかヒヤリングし、その数字を積み上げていると思われます。
 厚労相の発言では、地方衛生研究所での実施可能件数は1800件。 地方衛生研究所数 で割ると、各所22件しか実施できない計算になります。
PCRにかかる時間に対する認識のズレ
 SARS-CoV-2のPCR検査実施用 マニュアル (国立感染症研究所)は、ウイルス名が正式決定する前に作成されたので、「nCoV」と表記しています。
 PCR実験の流れは、次のようになっています。
1.検査対象サンプルの準備
2.サンプルからのDNAまたはRNAの抽出・精製(今回はRNAウイルスなのでRNA)
3.RNAをDNAにする反応(逆転写反応、Reverse Transcription reaction、以下RT反応)
4.DNAの増幅(Polymerase Chine Reaction 、以下PCR)
5.増幅DNAの確認(電気泳動および染色)
 リアルタイムPCRでは4と5が一緒にできます。リアルタイムPCRの機械についているモニターで、PCR中に実際に増幅されているDNA量をモニターできるようになっているのが「リアルタイム」と呼ばれる所以です。
 単に「PCR」といったとき、4だけ(または4と5だけ)を指すのか、1から5を指すのかという問題が生じます。研究者に「PCRでどのくらいの時間かかるの?」って聞いたら、4だけ、または4と5だけの時間を尋ねているのと同じです。
 そうなると「4、5時間くらい」って答えますが、当たり前です。質問の意味どおりの答えだからです。
 さらに、テレビで撮影スタッフが、PCRの機械を指差して「これはどのくらいの時間がかかるのですか?」と聞くシーンがあります。そういう聞かれ方しちゃうと、PCRの試薬を混ぜる時間とか抜いて、PCRの機械にかけている時間だけを答えることになって、「2、3時間くらい」と答てしまうことになります。
 もし正しく「PCR検査全体でどのくらいの時間かかるの?」と聞かれれば、
 「サンプルによって変わる。サンプル調製を省いて、検査サンプル液からダイレクトにPCRやればかなり短時間だし、逆に下処理が面倒なサンプルだと数時間余命にかかるし、RT-PCRだったらRT-反応の分だけ1時間くらい余計にかかる。なので半日から1日は必要」
 という答え方になります。
感染注意!RNA抽出
 では、nCoVの場合は実際どうなのでしょうか
 「1.検体の採取と保存」はとりあえずあと回しにして、「2.RNAの抽出」については、市販のキットを用いるよう指示されています。時間は多分30分くらいあればいいかと思います。サンプル数が多ければ1時間くらいは必要ですが、この時間はマスコミや政治家のいう「PCR時間」には含まれないことが多いです。
 操作としては、スピンカラムを使う方法なので難しくはないです。サンプルを抽出溶液と混ぜて、10分おいて、エタノールを加えて混ぜて遠心して、何度かに分けてスピンカラムを通して、2種類の添付洗浄液でカラム洗浄して、最後に添付溶出液でRNAを回収します。
 ただし、必要な設備はバイオセーフティーレベル2(BSL2)ですが、これは赤痢、コレラ、ボツリヌス、デング熱、日本脳炎、季節性インフルなどと同等です。当然ですがヒト感染性病原体を扱える施設でなければいけないのです。
 具体的にはセーフティキャビネットという、陰圧にして外部に病原体が漏れない様になっている専用の実験台が必要です。それと個人防護具(PPE)として、マスクと使い捨て手袋が必須です。医療施設のスタッフと同様に、感染の危険性のある最前線の一部です。
 実験って実は意外と飛沫が発生するし、セーフティキャビネット使ってても、遠心かけたりするときにはそこから出さざるを得ないし、しっかりと訓練されてないと、無意識に汚染手袋でそこらへん触りまくって、手袋外したあとに汚染場所を触る。
 「PCRくらい簡単にできるだろ」などと無責任に言う人、あんたなら確実に感染する。
 自分がやるのをイメージすると、このステップはそこそこ恐怖を感じます。恐怖をイメージできない人は、何が怖いのかよくわからないうちに、かなり高い確率で感染します。感染した挙げ句、RNAは分解されてなくなってしまいます。
 なお、RNAの抽出について、 前出のマニュアル を読むと、
 「広く使用されている QIAamp Viral RNA Mini Kit を用いた方法を示すが、他のウイルスRNA 抽出キットを用いてもよい。」
 とあります。
 この書き方ですと、RNA抽出キットは自分のとこで用意しなさいという意味です。なぜなら、もしキットを配布するなら、マニュアルには配布したキットの使用法だけが書かれるはずだからです。
 50回用が3.3万円、250回用が14万円。年度末なので、14万円のは買えない。もう予算、ほぼ使い切ってるところが多いです。50回以上やりそうな場合は困ります。
RNAをDNAにします
 続いて、「3.RT反応」にいきます。
  マニュアル 3ページ目以降の「3.1 必要な器具と試薬」でもオススメを書いてあるのですが、いわば「他のでもいいよ」、つまり、「自分たちで用意しろ」です。
 オススメの「SuperScript IV Reverse Transcriptase」は、2千ユニットで1.3万円です。1マイクロリットルで200ユニットということは10回分。地味にお金がかかります。
 「3.2 1st strand cDNA の合成」です。抽出したRNAと試薬を混ぜて、各温度で合計30分置きますと、DNAになります。試薬を混ぜるところも含めて1時間程度は必要です。サンプル数が多い場合はさらに30分くらい余計に必要です。
いよいよPCRです
 DNAができましたので、いよいよPCRです。
 ここで重大な事実が発覚です。察しのいい人はすでにお気づきでしょうが、対象とする遺伝子が2種類あります。しかも2段階(Nested、入れ子)PCRです。
 2種類の遺伝子に対して、それぞれ2回PCRします。1サンプルで4回分のPCRです。2遺伝子なのはいいんですよ、並行してやれますから。Nested PCRはPCRしたあと、そのPCR産物に対してさらにPCRをするので、2回分の時間がかかります。
 時間は、いい機械なら速いですが古い機械なら遅いです。PCR1回で2時間から2時間半くらい、Nestedなので2倍の4時間から5時間。試薬を混ぜる時間を考えると1時間プラス。PCR数は4倍ですからサンプル数が多ければ下手をすると2時間くらい必要です。
 結局このステップで5~6時間くらいです。
 お金の計算してませんでしたね。オススメは「Quick Taq HS Dymix」で、類似品も可。
 HSということは、ホットスタート(Hot Start)です。非特異反応が少なくなるように95度くらいに加熱されてから活性化する酵素です。試薬を混ぜているときに余計な反応が起こらないという優れものです。しかもDymix(色素入り)なので、次項の泳動のときに色素添加をしなくていいという時短アイテムです。
 気になるお値段は、100回分で、定価9,800円、キャンペーン価格5,880円!
 さて、ここまでの1サンプルあたりのお値段計算しますか。
 33000÷25+13000÷10+5880÷100×4=1320+1300+235.2≒2855円
 PCR試薬はキャンペーンじゃなくても安いのですが、RNA精製キットとRT試薬はちょっとお高いのですよ。
結局1日いくつできるのか?
 このあとは、電気泳動します。
 アガロースという寒天のようなモノ(というか寒天を原料にDNA実験用に高純度に精製された試薬)を融かして固めたアガロースゲルを使います。
 DNAをアガロースゲルに開けた穴(ウエル、溝)に入れて、電気を流すと、アガロースゲルの中をDNAが移動します。小さいDNAほど速く、大きいほど遅く移動しますので、大きさごとに分離されます。
 DNAを染色する試薬につけ込み、紫外線を当てると光りますので、写真撮影します。すると、マニュアル7ページの参考泳動図のようになります。
参考泳動図( 病原体検出マニュアル 7頁)
 泳動は30分くらいですが、ウエルにPCR産物を流すのと染色の時間がかかりますので、結局、この過程で1時間程度必要であり。サンプルが多ければもっとかかります。
 一度にできる数がPCRだと96なのに対して、泳動は24とか48なので、電気泳動装置をたくさん並べてやらないといけないのですが、あまりたくさん同時並行でやりすぎるとわけわからないことになります。4機くらいにとどめるべきです。
 196サンプル(PCRの機械2台分)を一気にやろうとするとヤバいことになります。午前と午後にわけてやるべきでしょう。Nested PCRなので2回目のPCRをやっている待ち時間で、1回目のPCRの泳動をやることになりますね。
 リアルタイムPCRなら泳動しないですが、2回PCRやることに変わりはありません。1ランで2時間程度、試薬を混ぜる時間を考えると3時間、機械もリアルタイム用試薬も高価です。
 1日で仮にPCRは196できても、ウイルスサンプルとしては48サンプル相当しかできません。しかも、その前にRNA精製とRTがあるので、熟練者でなければ、24ウイルスサンプルはできないでしょう。
配列決定と費用
  マニュアル 3頁の判定フロー図
 1例目は「シークエンス解析しなさい」ですが、この「シークエンス」とは、「遺伝子塩基配列決定」のことです。
 「3.5.(シークエンス解析を行う場合)PCR 産物のクリーンアップ」、「3.6.(シークエンス解析を行う場合)シークエンス解析」に、PCR産物を精製して、サイクルシークエンス反応という、操作的にはPCR反応のようなことをやる旨、書かれています。PCRをもう一回追加しなければならないので、2日かかります。お金もかかります。シークエンサーという機械がない場合は、外注に出します。両側から読んで5千円程度、4つあるので2万円です。
 8サンプルとかだとPCRまでで2万円ちょっと、シークエンスで16万円。まあ、シークエンスは1回限りで勘弁してもらったとしても、合計4万円。24ウイルスサンプルで7万円、シークエンス1回も加えて9万円です。
 結局、配布される試薬は、プライマーだけっぽいです。プライマーだけはどんなグレードにしろとか指示がないですし、プライマー名が具体的に書かれているのでコレが「配布試薬」で決まりでしょう。
 プライマーなんて、1本千円か2千円で作れる。12種類でたった2万円。1回作ると5千回から1万円回くらいPCRできるから、1回あたりで1円未満。ほぼタダ。
 配って欲しいものが違いますね、カネがかかるものを配布してほしいんです。
 話は変わりますが、PCRを発明したキャリー・マリスという人は、その業績でノーベル化学賞を受賞しています。
 一方、DNAシークエンスは、発明者のフレデリック・サンガーの名を冠して「サンガー法」と呼ばれています。もちろんノーベル化学賞です。サンガー法とPCRを組み合わせた「サイクルシークエンス法」によって、DNA配列決定は飛躍的に効率化しました。
 サイクルシークエンスなしに現在の生物学の発展はありえません。サンガー氏は、DNAシークエンス法発明前にも、タンパク質の配列決定法でノーベル化学賞を受賞しており、さらにRNAシーケンス法まで発明して、3度目のノーベル賞は確実視されていましたが、2013年に95歳で亡くなりました。
感染疑い者1人に対するサンプル数
  「1.検体の採取と保存」 によれば、感染疑い者1人で、咽頭拭い液と下気道由来検体の最低2サンプル必要です。痰が取れない人は咽頭拭いだけの1サンプルですが、肺炎まで行っていれば2サンプル確定です。さらに、血清、便、尿、全血とオプションも豊富です。つまり、感染疑い人数×2くらいのウイルスサンプル数になります。
 そして、陽性にしろ陰性にしろ、複数回検査しているので、さらに2~3倍です。陰性確認だって1回陰性が出たあと、2週間とか一定期間おいたあとさらに陰性になってやっと潔白証明、無罪放免です。感染確認者は3回以上実施していることでしょう。
 ウイルスサンプルは2~3サンプル×2~3回で4~9倍、PCR数はさらに4~5倍です。被検査人数×20~30がPCR数ということになります。マスコミの無責任な報道の中、地方衛生研究所は良く頑張っているのです。
 地方衛生研究所の法的位置付けは、地方自治体の独自設置で、国の関与は明記されていません。
地方衛生研究所の状況
 地方衛生研究所では、通常業務で診断業務をおこなっています。
 都道府県や市町村ルートから受託する場合と有料で受託する場合があります。公設機関だから、民業圧迫しないよう積極的営業を控えていますが、松竹梅の3コースがあります。一番安い梅はかんたんな診断で数千円。真ん中の竹は1~2万円程度(PCRはこれ)。最高級の松は、面倒くさい手間のかかる診断で、5万円とか時価とか結構お高い(原価割れしないだけ。試薬などの原価プラス雀の涙だけで名目上「検査手数料」とかいう感じ)です。
 ランク分けは各地方衛生研究所で違うけれど、「nCoV」は、1検体で何万円もする仕事を数十人分(感染確認1人出れば濃厚接触者十数人は当たり前)行うので、松になります。
 地方衛生研究所等のPCR検査場は、医療現場、検疫現場とならぶ、感染リスクの高い「最前線」です。
 しかし、厚生省の怠慢でPCR検査可能数が少なかったわけではありません。民間委託が後手に回ったのは、予算上の問題もあると思われます。実費でも結構な額なのに、民間検査会社には利益がでるような価格で何倍も割高で委託する必要があります。
 感染疑い1人分の検査で数十万円請求されても当然です。
 「なんでたった1500件程度しかPCRできないんだ」という批判は、PCR反応数と感染疑い者検査人数を混同していたマスコミの無知と、プロトコルを見ればすぐに分かるのに確認をおこたった個々人の怠慢によるものです。地方衛生研究所は報道されてる何倍も件数をこなしています。
 検査方法を公設研究機関で開発する必要ないと国立感染症研究所を批判する人もいるけれど、民間開発キットを使うと何倍も割高になります。
 消費増税で日本経済を壊そうとしながら必要な支出を渋って公衆衛生を蔑ろにし、財政再建原理主義を掲げる財務省は、国民の敵。コロナウィルス騒動も「カネ」の面から見れば、日本が置かれている深刻な現状を浮き彫りに…

〔参考〕
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