目次
川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例

 川崎市は、日本国憲法及び日本国が締結した人権に関する諸条約の理念を踏まえ、あらゆる不当な差別の解消に向けて、一人ひとりの人間の尊厳を最優先する人権施策を、平等と多様性を尊重し、着実に実施してきた。
 しかしながら、今なお、不当な差別は依然として存在し、本邦外出身者に対する不当な差別的言動、インターネットを利用した人権侵害などの人権課題も生じている。
 このような状況を踏まえ、市、市民及び事業者が協力して、不当な差別の解消と人権課題の解決に向けて、人権尊重の理念の普及をより一層推進していく必要がある。
 ここに、川崎市は、全ての市民が不当な差別を受けることなく、個人として尊重され、生き生きと暮らすことができる人権尊重のまちづくりを推進していくため、この条例を制定する。

第1章 総則

(目的)
第1条 この条例は、不当な差別のない人権尊重のまちづくりに関し、市、市民及び事業者の責務を明らかにするとともに、人権に関する施策の基本となる事項及び本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組に関する事項を定めることにより、人権尊重のまちづくりを総合的かつ計画的に推進し、もって人権を尊重し、共に生きる社会の実現に資することを目的とする。

(定義)
第2条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
⑴ 不当な差別人種、国籍、民族、信条、年齢、性別、性的指向、性自認、出身、障害その他の事由を理由とする不当な差別をいう。
⑵ 本邦外出身者に対する不当な差別的言動本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律(平成28年法律第68号。以下「法」という。)第2条に規定する本邦外出身者に対する不当な差別的言動をいう。

第2章 不当な差別のない人権尊重のまちづくりの推進

(市の責務)
第3条 市は、この条例の目的を達成するため、不当な差別を解消するための施策その他の人権に関する施策を総合的かつ計画的に推進しなければならない。

(市民及び事業者の責務)
第4条 市民及び事業者は、市の実施する不当な差別を解消するための施策その他の人権に関する施策に協力するよう努めなければならない。

(不当な差別的取扱いの禁止)
第5条 何人も、人種、国籍、民族、信条、年齢、性別、性的指向、性自認、出身、障害その他の事由を理由とする不当な差別的取扱いをしてはならない。

(人権施策推進基本計画)
第6条 市長は、不当な差別を解消するための施策その他の人権に関する施策を総合的かつ計画的に推進するため、川崎市人権施策推進基本計画(以下「基本計画」という。)を策定するものとする。
2 基本計画には、次に掲げる事項を定めるものとする。
⑴ 人権に関する施策の基本理念及び基本目標
⑵ 人権に関する基本的施策
 その他人権に関する施策を推進するために必要な事項
3 市長は、基本計画を策定しようとするときは、あらかじめ、川崎市人権尊重のまちづくり推進協議会の意見を聴かなければならない。
4 市長は、基本計画を策定したときは、これを公表するものとする。
5 前2項の規定は、基本計画の変更について準用する。

(人権教育及び人権啓発)
第7条  市は、不当な差別を解消し、並びに人権尊重のまちづくりに対する市民及び事業者の理解を深めるため、人権教育(人権教育及び人権啓発の推進に関する法律(平成12年法律第147号)第2条に規定する人権教育をいう。)及び人権啓発(同条に規定する人権啓発をいう。)を推進するものとする。

(人権侵害による被害に係る支援)
第8条 市は、インターネットを利用した不当な差別その他の人権侵害による被害の救済を図るため、関係機関等と連携し、相談の実施、情報の提供その他の必要な支援を行うものとする。

(情報の収集及び調査研究)
第9条 市は、不当な差別を解消するための施策その他の人権に関する施策を効果的に実施するため、必要な情報の収集及び調査研究を行うものとする。

(人権尊重のまちづくり推進協議会)
第10条 第6条第3項に定めるもののほか、不当な差別のない人権尊重のまちづくりの推進に関する重要事項について、市長の諮問に応じ、調査審議するため、川崎市人権尊重のまちづくり推進協議会(以下「協議会」という。)を置く。
2 協議会は、委員12人以内で組織する。
3 委員は、学識経験者、関係団体の役職員及び市民のうちから市長が委嘱する。
4 委員の任期は、2年とする。ただし、補欠の委員の任期は、前任者の残任期間とする。
5 委員は、再任されることができる。
6 第3項の委員のほか、特別の事項を調査審議させるため必要があるときは、協議会に臨時委員を置くことができる。
7 臨時委員は、前項の規定による調査審議が終了したときは、解嘱されるものとする。
8 委員及び臨時委員は、職務上知ることができた秘密を漏らしてはならない。
その職を退いた後も同様とする。
9 協議会は、必要に応じ部会を置くことができる。
10 前各項に定めるもののほか、協議会の組織及び運営に関し必要な事項は、規則で定める。

第3章 本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進

(この章の趣旨)
第11条 市は、法第4条第2項の規定に基づき、市の実情に応じた施策を講ずることにより、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消を図るものとする。

(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の禁止)
第12条 何人も、市の区域内の道路、公園、広場その他の公共の場所において、拡声機(携帯用のものを含む。)を使用し、看板、プラカードその他これらに類する物を掲示し、又はビラ、パンフレットその他これらに類する物を配布することにより、本邦の域外にある国又は地域を特定し、当該国又は地域の出身であることを理由として、次に掲げる本邦外出身者に対する不当な差別的言動を行い、又は行わせてはならない。
⑴ 本邦外出身者(法第2条に規定する本邦外出身者をいう。以下同じ。)をその居住する地域から退去させることを煽せん動し、又は告知するもの
⑵ 本邦外出身者の生命、身体、自由、名誉又は財産に危害を加えることを煽動し、又は告知するもの
 本邦外出身者を人以外のものにたとえるなど、著しく侮辱するもの

(勧告)
第13条 市長は、前条の規定に違反して同条各号に掲げる本邦外出身者に対する不当な差別的言動を行い、又は行わせた者が、再び当該本邦外出身者に対する不当な差別的言動に係る国又は地域と同一の国又は地域の出身であることを理由とする同条の規定に違反する同条各号に掲げる本邦外出身者に対する不当な差別的言動(以下「同一理由差別的言動」という。)を行い、又は行わせる明らかなおそれがあると認めるに足りる十分な理由があるときは、その者に対し、地域を定めて、この項の規定による勧告の日から6月間、同一理由差別的言動を行い、又は行わせてはならない旨を勧告することができる。
2 市長は、前項の規定による勧告をしようとするときは、あらかじめ、川崎市差別防止対策等審査会の意見を聴かなければならない。ただし、緊急を要する場合で、あらかじめ、その意見を聴くいとまがないときは、この限りでない。

(命令)
第14条 市長は、前条第1項の規定による勧告に従わなかった者が、再び同一理由差別的言動を行い、又は行わせる明らかなおそれがあると認めるに足りる十分な理由があるときは、その者に対し、地域を定めて、この項の規定による命令の日から6月間、同一理由差別的言動を行い、又は行わせてはならない旨を命ずることができる。
2 市長は、前項の規定による命令をしようとするときは、あらかじめ、川崎市差別防止対策等審査会の意見を聴かなければならない。ただし、緊急を要する場合で、あらかじめ、その意見を聴くいとまがないときは、この限りでない。

(公表)
第15条 市長は、前条第1項の規定による命令を受けた者が、当該命令に従わなかったときは、次に掲げる事項を公表することができる。
⑴ 命令を受けた者の氏名又は名称及び住所並びに法人(法人でない団体で代表者又は管理人の定めのあるものを含む。)にあっては、その代表者又は管理人の氏名
⑵ 命令の内容その他規則で定める事項
2 市長は、前項の規定による公表をしようとするときは、あらかじめ、川崎市差別防止対策等審査会の意見を聴かなければならない。
3 市長は、前項に規定する川崎市差別防止対策等審査会の意見を聴いて、第1項の規定による公表をしようとするときは、あらかじめ、当該公表される者にその理由を通知し、その者が意見を述べ、証拠を提示する機会を与えなければならない。

(公の施設の利用許可等の基準)
第16条 市長は、公の施設(市が設置するものに限る。以下同じ。)において、本邦外出身者に対する不当な差別的言動が行われるおそれがある場合における公の施設の利用許可及びその取消しの基準その他必要な事項を定めるものとする。

(インターネット表現活動に係る拡散防止措置及び公表)
第17条 市長は、インターネットその他の高度情報通信ネットワークを利用する方法による表現活動(他の表現活動の内容を記録した文書、図画、映像等を不特定多数の者による閲覧又は視聴ができる状態に置くことを含む。以下「インターネット表現活動」という。)のうち次に掲げるものが本邦外出身者に対する不当な差別的言動に該当すると認めるときは、事案の内容に即して、当該インターネット表現活動に係る表現の内容の拡散を防止するために必要な措置を講ずるものとする。
⑴ 市の区域内で行われたインターネット表現活動
⑵ 市の区域外で行われたインターネット表現活動(市の区域内で行われたことが明らかでないものを含む。)で次のいずれかに該当するものア表現の内容が特定の市民等(市の区域内に住所を有する者、在勤する者、在学する者その他市に関係ある者として規則で定める者をいう。以下同じ。)を対象としたものであると明らかに認められるインターネット表現活動イアに掲げるインターネット表現活動以外のインターネット表現活動であって、市の区域内で行われた本邦外出身者に対する不当な差別的言動の内容を市の区域内に拡散するもの
2 市長は、前項の措置を講じたときは、当該インターネット表現活動が本邦外出身者に対する不当な差別的言動に該当する旨、当該インターネット表現活動に係る表現の内容の概要及びその拡散を防止するために講じた措置その他規則で定める事項を公表するものとする。ただし、これを公表することにより第11条の趣旨を阻害すると認められるときその他特別の理由があると認められるときは、公表しないことができる。
3 前2項の規定による措置及び公表は、市民等の申出又は職権により行うものとする。
4 市長は、第1項及び第2項の規定による措置及び公表をしようとするときは、あらかじめ、川崎市差別防止対策等審査会の意見を聴かなければならない。
5 市長は、第2項の規定による公表をするに当たっては、当該本邦外出身者に対する不当な差別的言動の内容が拡散することのないよう十分に留意しなければならない。

(差別防止対策等審査会)
第18条 第13条第2項本文、第14条第2項本文、第15条第2項及び前条第4項に定めるもののほか、不当な差別の解消のために必要な事項について、市長の諮問に応じ、調査審議するため、川崎市差別防止対策等審査会(以下「審査会」という。)を置く。
2 審査会は、委員5人以内で組織する。
3 委員は、学識経験者のうちから市長が委嘱する。
4 第10条第4項から第10項までの規定は、審査会について準用する。

(審査会の調査審議手続)
第19条 審査会は、市長又は第17条第4項の規定により調査審議の対象となっているインターネット表現活動に係る同条第3項の規定による申出を行った市民等に意見書又は資料の提出を求めること、適当と認める者にその知っている事実を述べさせることその他必要な調査を行うことができる。
2 審査会は、第13条第2項本文、第14条第2項本文若しくは第15条第2項の規定により調査審議の対象となっている者又は前項のインターネット表現活動を行ったと認められる者に対し、相当の期間を定めて、書面により意見を述べる機会を与えることができる。
3 審査会は、必要があると認めるときは、その指名する委員に第1項の規定による調査を行わせることができる。

(表現の自由等への配慮)
第20条 この章の規定の適用に当たっては、表現の自由その他の日本国憲法の保障する国民の自由と権利を不当に侵害しないように留意しなければならない。

第4章 雑則

(報告及び質問)
第21条 市長は、第13条から第15条までの規定の施行に必要な限度において、第12条の規定に違反して同条各号に掲げる本邦外出身者に対する不当な差別的言動を行い、若しくは行わせたと認められる者又は第13条第1項の規定による勧告若しくは第14条第1項の規定による命令に従わなかったと認められる者に対し、必要な報告を求め、又はその職員に、関係者に質問させることができる。
2 前項の規定により質問を行う職員は、その身分を示す証明書を携帯し、関係者の請求があったときは、これを提示しなければならない。
3 第1項の規定による権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。

(委任)
第22条 この条例に定めるもののほか、この条例の実施のため必要な事項は、規則で定める。

第5章 罰則

第23条 第14条第1項の規定による市長の命令に違反した者は、500,000円以下の罰金に処する。
第24条 法人(法人でない団体で代表者又は管理人の定めのあるものを含む。
以下この項において同じ。)の代表者若しくは管理人又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、前条の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても、同条の刑を科する。
2 法人でない団体について前項の規定の適用がある場合には、その代表者又は管理人が、その訴訟行為につき法人でない団体を代表するほか、法人を被告人又は被疑者とする場合の刑事訴訟に関する法律の規定を準用する。

附則(施行期日)
1 この条例は、公布の日から施行する。ただし、次の各号に掲げる規定は、当該各号に定める日から施行する。
⑴ 第6条第3項、第10条、第11条及び第16条から第20条までの規定 令和2年4月1日
⑵ 第12条から第15条まで、第21条及び第5章の規定 令和2年7月1日
(経過措置)
2 この条例の施行の際現に策定されている川崎市人権施策推進基本計画は、第6条第1項の規定により策定された基本計画とみなす。

参考資料(制定要旨)
 不当な差別のない人権尊重のまちづくりに関し、市、市民及び事業者の責務を明らかにするとともに、人権に関する施策の基本となる事項及び本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組に関する事項を定めることにより、人権尊重のまちづくりを総合的かつ計画的に推進し、もって人権を尊重し、共に生きる社会の実現に資することを目的として、この条例を制定するものである。
 川崎市は、公共の場でヘイトスピーチ(憎悪表現)を繰り返した者に50万円以下の罰金を科す全国初の刑事罰規定を盛り込んだ差別禁止条例(条例第35号)を2019年12月16日に制定。ただ、市内では条例の規制対象となりうる誹謗中傷はなりを潜めており、条例の実効性は乏しい。一方で、ヘイトをめぐる対立はいまも頻発し、少なくない市民が影響を受けている。そうした「ヘイトなきヘイト問題」を憂慮する市には、解決に向けた“次の一手”が早くも求められている。
 コリアタウンがあり、在日韓国・朝鮮人が多く居住する川崎では、過去に住人らを誹謗中傷する内容のデモが頻発。平成28年のヘイトスピーチ解消法成立の契機となった。最近はそうしたデモも見られなくなったが、JR川崎駅前などではヘイトをめぐる対立が定期的に起きている。
 対立では、ヘイトスピーチに反対する集団が、街宣活動を行う団体を「ヘイト団体だ」などと指摘し、「カウンター」と称して対抗。妨害音を鳴らして演説をかき消し、「川崎から出ていけ」などの言葉をぶつける。参加者の一人は「川崎で負けるわけにはいかない」と話すなど、各地で起きている対立の中でも、市内はヘイトスピーチ反対派にとって橋頭堡のような認識を持たれているといえそうだ。
 ただ、対立の現場で街宣する側は、外国人参政権への反対などを訴えており、条例が規制するような「朝鮮人は出ていけ…死ね」などのヘイトスピーチに該当する誹謗中傷は現在、表立って発せられていない。
 では、なぜ反対活動を行うのか。関係者の一人は「彼らはヘイトスピーチを行ってきた団体。存在自体が“ヘイト”であり、街宣が行われることで傷つく人がいる。許すわけにいかない」。別の関係者は「街宣活動が続く限り対抗していく」と息巻いた。
 市が制定を目指す罰則付き条例は、ヘイトスピーチをした者に対し、違反行為を行わないよう、まずは勧告▽2回目は命令▽3回目で警察や検察を通し、裁判所が罰金刑を下す-という内容で、あくまで発言を規制するものだ。
 過去に頻発したようなデモに対する抑止力にはなり得ても、差別的表現が発せられない現在のヘイト対立の解消には、市側も「抑止力や実効性は全くない」と言い切っている。
 街頭で繰り返されるヘイト対立に、困惑の表情をみせる人は少なくない。市外から訪れた通行人らは口々に「うるさい…一体、何ごとかと思った」などとあきれた声をもらし、近隣の住人らからは「街のイメージが悪くなる…大人がみっともない」などの声が聞かれる。
 こうした事態について、福田紀彦市長は「迷惑に感じている市民もいるし、市外から来る人にとって街の印象も非常に良くない」との見方を示している。ただ、対立の解消には、市は今のところ何の対策も示していない。
 市内では9月末、「ヘイトには反対するが、条例制定にも反対する」と主張する団体が新設されるなど、ヘイトに関する動きはなお、かまびすしい。条例は制定されたが、事態は既に次のステージに移って久しい。

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