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 香港の最高裁判所裁判官17人のうち,15人までがカナダやオーストラリアなどの外国籍あるいは二重国籍を持った人たちで占められている.「中国香港籍」の裁判官は二人しかいない.元大英帝国が統治していた国々の裁判官が香港市民の揉め事を裁くのだ.判決は「民主主義的価値観」に基づく判断によって出される
 「このままでは香港が民主化してしまう」という中共政権の危惧が,「逃亡犯条例改正案」の背景にある
 2017年 3月 1日のBBCニュース「香港観察:法制の危機」 は,2014年の雨傘運動の時のデモ参加者とそれを取り締った警官に対する判決があまりに不平等だと,親中派の香港の政党「建制派」が不満を述べていると報道している
 それによれば「警察を襲って公務執行妨害をしたデモ参加者には5週間の懲役」を,そして「暴力を振るったデモ参加者に対して,法を執行しようとして警察の公的権力を施行した警官側には2年間の懲役」という判決が出たそうだ
 すると,親中派の建制派が,「先に暴力を振るったデモ参加者には軽い罰を与え,それに対応して法を執行した警官には重い罰を与えるのは不公平で,ダブルスタンダードだ」と激しい不満を表したのだという
 つまり,「裁判官は民主運動を叫ぶ者の側に立っている」という不満を親中派の政党は抱いているということになる
 もちろん,その不満は,中共中央および中共政権ではさらに強烈であることは想像に難くない
 2018年1月17日の中共政権の通信社「新華社」の電子版「新華網」が「香港の違法なオキュパイ・セントラル(雨傘運動)のデモ参加者16人に法廷侮辱罪」 というタイトルで香港の司法への不満をにじませている.にじませるのであって,決して怒りを露わにしないということも肝心だ.怒りは他の民間ウェブサイトなどに書かせればいい.何と言っても,あれだけのデモを主導したリーダーの一人に与えられた罰は最大4か月半の懲役で,軽いのは1ヵ月なのだから
 そこで,逃亡犯条例を改正して,香港の民主活動家を大陸の司法で裁けるようにしたいのだ
 いやいや,逃亡犯条例というのは「香港以外の国や地域などで罪を犯した容疑者が香港に逃げて来た時,容疑者引き渡し協定を結んだ国や地域からの要請があれば容疑者を引き渡す」ことを規定した条例で,これまではその国・地域の中に「中国大陸」が入っていなかったので,「改正案」で「中国大陸を含める」ことにしようとしたのであって,香港市民が香港で行う民主運動に参加した人を対象とすることはできないと,反論なさる方もおられるだろう.しかしもしそれが本当なら,なぜ香港の若者たちは,あんなに激しく反対したのだろうか?
 2014年の雨傘運動の時に,香港を管轄する全人代常務委員会は何と言ったのかを思い出してみよう
 「一国二制度」は,「二制度」の前に「一国」という文字がある.「一国」が「二制度」より優先されるのだ.したがって香港は母なる国「中華人民共和国」の憲法に従わなければならない
 かくして「一人一票」の「普通選挙」は中華人民共和国憲法に従い,「中国を愛する人」によって構成されなければならないということになり,親中の選挙委員1200人が行政長官を選ぶことになった
 いやいや,改正案のきっかけとなったのは2018年2月に香港人が台湾旅行中に殺人を犯したからだという声が聞こえそうだ.二人の若い男女が台湾に旅行したのだが,女性が他の男性の子供を身籠ったことに激怒した男性が女性を殺害して台湾に遺棄したまま香港に帰国.後に犯罪がばれて逮捕されたが,犯罪が起きた地点が香港でないことから香港の司法では裁けない.しかし台湾と香港の間には容疑者引き渡し協定がないので台湾にも容疑者を渡せるよう,条例を改正して引き渡せる国・地域を「中国大陸,台湾およびマカオなど」に増やそうというのがきっかけだと香港政府は説明している
 しかし,これが本当なら,たとえば「中国人が大陸で罪を犯して香港に逃亡した場合,あるいは香港人が大陸に行って大陸で罪を犯した場合にのみ,中共政権が香港政府に容疑者を引き渡してくれと頼むことが可能になる」という論理になり,なぜ香港の若者が抗議活動を行うのかという因果関係が見えてこない.香港人は大陸に行かなければいいわけで,ここまで大規模の長期間にわたるデモを展開する必要はなかっただろう
 しかし実際には最多で2百万人に至るほどの香港人が抗議デモに参加したということは,「これが本当の原因ではない」ことを証明しているのではないだろうか
 なぜ裁判官のほとんどが外国籍などということが存在するのかを考えてみたい
 アヘン戦争後の1841年からイギリスによって統治されてきた香港の司法は,大英帝国とその植民地国の裁判官によって占められていた
 1980年代初期,イギリスのサッチャー元首相とトウ小平との間で香港の中国返還へのさまざまなやり取りが成されたのだが,1984年に「中英連合声明」が出された.そこでは香港に外国籍裁判官を置くことが認められている.香港特別行政区の憲法であるような「香港特別行政区基本法」は,この声明を尊重し,基本法では外国籍裁判官を置くことを認めることになった(基本法82条,90条および92条などに関連項目).但し,最高裁の裁判長だけは中国香港籍でなければならない
 なぜ中国がこれを認めたかと言うと,当時中国大陸の方はまだまだ未発展で,香港は輝かしい国際都市だった.だから外資を呼び込み世界の金融センターとしての役割を果たすために,外国企業との間で訴訟が起きた時の裁判は外国人の方が何かといいかもしれないという計算が働き,イギリス側の主張を呑んだのだ
 基本法を改正してしまえばいいが,そのようなことをすれば,中国は法治国家ではないとして諸外国からも糾弾され,「一国二制度」の約束が完全に崩れる
 1997年から発効した一国二制度は,50年間は不変で,50年間,香港の自治を守ると謳っている.これは中国一国で決められることではなく,香港を中国に返還したイギリスとの約束であり,かつ国際金融都市としての関係国との暗黙の了解でもある.だからこそ世界の金融センターとして世界は香港に投資し,中国は香港を通して儲かってきた
 しかし中国に対する香港のその役割はもう終わった.そこで逃亡犯条例を改正すれば,少しでも早く,そして少しでも多くの民主活動家の芽を摘み取ることができる
 つまり,一般の香港人が香港において政府転覆的な怪しい動きをすれば,「引き渡し手続きを簡略化して,すばやく大陸に送り込み大陸の司法で裁くことができる」というのが改正案の神髄だ
 それを見落としたら,香港のデモの真相は何も見えない
1.香港の裁判について
 香港の裁判については,日本のそれとは似通っているところもあるが,一方で大きく違うところもいくつか存在する.イギリス統治下にあった時代から法院や法廷が自体は存在していたが,その後名称が変わっていたり,機能が変わっているものもある
 何よりも大きな違いとしては日本における裁判所に相当する法院や法廷がいくつも存在しているという点それぞれで取り上げる事件などの違いもあるので詳しく見ていきたい
2.香港の法院・法廷の違いについて
(1)終審法院
 日本における最高裁判所に相当するのが終審法院.長である終審法院主席法官が,上訴・上告のみを扱うことができ,香港の法律を解釈することができる.イギリス統治下ではこの終審法院は存在せず,イギリス枢密院の司法委員会が香港の最終審を行っていた
(2)高等法院
 高等法院は,終審法院ができるまでは最高位の裁判所だったが,今では日本における高等裁判所に相当するランクとなっている.こちらは原訟法廷と上訴法廷に分かれており,それぞれ原訟法廷は第一審を,上訴法廷は下級裁判所からの上訴や上告を扱っている
(3)区域法院
 区域法院は地方裁判所に相当し,民事の第一審,比較的重大な刑事の第一審を行っている.こちらは家事法廷という家庭裁判所に相当する機能も担っている.終審法院,高等法院,区域法院の3つの法院は香港に1つずつ設置されている
(4)裁判法院
 裁判法院は刑事裁判所であり,ほとんどの刑事事件の第一審はこちらで取り扱われている.重大な事件の場合はより高位の裁判所にて取り扱われることになる.今現在では,裁判法院は7つ設置されている.この裁判法院の中には,未成年の事件を扱う「少年法廷」が用意されている
 その他,土地紛争に係わる審理を行う「土地審栽処」,労使紛争に係わる審理を行う「労使審栽処」,簡易裁判所に相当する5万香港ドル以下の民事裁判を行う「少額銭債審栽処」,卑猥な出版物などに関する審理を行う「淫猥物品審栽処」,そして,律政司から送付された不審な死亡に関して,死因裁判官と陪審員が審理を行う「死因裁判法廷」が設けられている
 以上のように,いくつかの特定の事案に対してのみ審理や裁判などを行う法廷などが設けられている
 香港の裁判所は日本の裁判所とは様々な点で異なっていると言える.また,日本とは異なり上位3つの法院に関して,香港は特別行政地区と小さなエリアであるためそれぞれ1つずつという少なさでも成立している
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