3月10日(金)、総務省が 「政治的公平」に関する行政文書の正確性に係る精査について 公表した。

(下記は巷間の意見)
 本件は、「政治的公平に関する放送法の解釈について(磯崎補佐官関連)」と題された総務省の内部文書を、内部告発者経由で小西ひろゆき氏が入手し、2023年3月3日の参議院予算委員会で質疑に挑んだ結果、高市早苗氏が捏造だと主張し、議員辞職が絡む話となってしまったのが始まりになっています。
 しかし、公開された内部文書を読むと、その大半が高市氏の知らない内容であり、実際に議員辞職をすることはないと考えています。
全貌を明らかにしているわけではない内部文書
 放送法にある政治的公平性の解釈については、2015年5月12日まで「放送事業者の番組全体を見て判断する」と答弁するにとどめていたようで、一つの番組の極端な事例を含めて具体的な基準を示していなかったようです。
 しかし、この日の国会参議院総務委員会で、高市氏から、政府のこれまでの解釈の補充的な説明として、一つの番組でも政治的に公平であると認められない基準が示されたことで、将来的に一つの番組が政治的に偏っているという理由で停波もありえるのではないか?といった声が出てくる案件になってしまい、翌年大きな議論を生んでいます。
参考資料: 第189回国会 参議院 総務委員会 第8号 平成27年5月12日 国会会議録検索システム
 私の思うところになりますが、一つの番組でただちに政治的に公平ではないと判断して、停波するといったことがあれば、その時点で日本は独裁国家になっているのではないでしょうか。
 こうなると、日本万歳をしていない非国民は治安警察に捕まるようなお国柄になっていると思われるので、放送法も解釈レベルでなく、時の政権が法改正するように想像します。
内部文書でモブキャラだった高市早苗
 内容が「やりとりをただまとめたもの」「補足資料」「感想や憶測」などになっており、総務省から正確性の確認がとれていないと言われ、高市氏からは自身に言及する4枚は捏造であると指摘されている文書の正確性に関する担保がとれない内部文書になっております。
 この内部文書は、3月7日に総務省から「行政文書」であることが確認できたと発表があり、小西ひろゆき氏が入手した内部文書の元データが総務省からも公開されています。
参考資料: 政治的公平に関する文書の公開について 令和5年3月7日 総務省
 総務省が行政文書だと認めたならば、正式な文書であり、小西ひろゆき氏が大勝利なのかというと、そうではありません。
 行政文書とは、複数の行政機関で行ったやりとりを文書で残したものが含まれており、この内部文書もやりとりがそのまま記入されているような内容になっています。
電話の内容をまとめた3枚目と4枚目は問題のある文書
 高市氏が、自身について記入のある4枚を最初に「捏造」と言及した理由ですが、1枚目は日時、場所、関わった人物が記入された、取扱厳重注意の「高市大臣レク結果(政治的公平について)」と題される文書になっています。
 ただ、この文書内容は配布先に高市氏が含まれておらず、高市氏が全く知らないところで作られ、保存されていたことが読み取れるため、レクが実際にあったとしてもその内容について正確性を精査するのが難しい文書のように感じます。
 2枚目は「大臣レクの結果について安藤局長からのデブリ模様」と題された文書で、日時のみ記入がありますが、1枚目にくらべて雑な様式になっており、記入者不明のちょっとしたメモをまとめたような内容になっています。この文書を根拠に何かを議論をするには弱く、1枚目以上に正確性の精査が難しいのではないでしょうか。
 3枚目と4枚目は、故・安倍晋三元総理と高市氏が電話をしていたのを誰かが横で聞いていたか、安倍氏から軽く聞いた内容を安藤局長へ漏らした情報を元に作られた、断片的なメモ書きのような文書になっており、正確性の確認が困難なだけではなく、大変問題のある文書ではないかと感じました。
8年前の文書が正確かと聞かれても
 3月8日参議院予算委員会では、小西ひろゆき氏から総務省に対して、内部文書の作成に関わる人物への聞き取りの際に「捏造したか確認をしているのか」という趣旨で繰り返し質問がされています。
 その質問に対して、総務省は「聞き取りを行っているが、文書内で発言者への確認がとられていないため正確性について確認ができていない。現在している聞き取りでは、認識の相違が見られることから、正確性の確認について精査を行っている」という答弁に終始していました。
 また、「8年前のことであり、関係者による確認が十分とられないということが考えられる」とも答えており、この時点で総務省ではこの内部文書について、一部については正確性の確認が困難であると認識していると思われます。
 この内部文書について、正確性の確認が非常に厳しくなっているという点は、3月10日に総務省から発表された精査内容からも読み取れます。8年も前のことで、やりとりのメモ書きをまとめた文書なのだから、そうなりますよねと思うところです。
大臣レクがあった可能性は高いが……
 総務省は3月13日の国会において、関係者への聞き取りの結果、2015年2月13日に総務省から高市氏に対して、「放送関係の大臣レクがあった可能性が高い」という認識を示しています。
 一方、高市氏は、「何月何日の何時に、どのレクがあったかということについては確認の取りようがございませんが。この紙に書かれている内容は自信を持って改めて否定をさせていただきます」と述べており、レクそのものの強い否定からやや表現を軟化させている印象があります。
参考資料: 高市大臣への説明は…総務省「あった可能性高い」 行政文書めぐり認識“食い違い” (2023/03/14 テレ朝)
 翌3月14日の国会では、高市氏が「礒崎氏や総務省から政治的公平性の件で打ち合わせたことはない」と否定したうえで、「委員会前夜の私と大臣室の答弁案に関するやり取りのメールや、答弁案を作成した課から大臣室に送られてきた資料につきまして、お求めをいただけましたら本院に提出をさせていただきたく存じます」と証拠を提出する用意があると発言しており、今後は正確性に焦点を絞っていくのではないでしょうか。
安倍元首相に対する忖度の結果か?
 この内部文書は、いわゆる「忖度」をしながら礒崎氏がとりまとめを行い、安倍元総理や高市氏へ提案をしている案件になっており、忖度の結果がこういった形で表に出てしまう元凶になってしまったような印象がとても強いです。
 最初から忖度せず、きっちり表でやっていれば問題にならなかったと思うとともに、忖度された側の高市氏にとってみれば、知らない内部文書を持ち出された認識になるのも仕方なく、正確性については疑義があるため、どういった落としどころになるのかが大きな課題になっているのではないでしょうか。
谷 龍哉

行政文書と「正確性」は別物だ
 総務省の「小西文書」をめぐる騒ぎが続いているが、「行政文書」にはすべて正しいことが書かれているのか。省や派閥の思惑による文書の作成はないのか。大臣はすべてを把握できるのか。
 先週3月6日の本コラム 《小西氏公表の「放送法文書」は総務省内の「旧自治」「旧郵政」の些細なバトルの産物?》 で書いた小西氏が国会で明らかにした文書はすべて行政文書だ。7日に総務省が 公表した
 翌8日の朝日新聞と毎日新聞は鬼の首を取ったかのように、一面トップで報じた。朝日新聞は、その後も9日と12日の社説で 《高市元総務相 国の基盤 揺るがす暴言》 《放送法の解釈 不当な変更、見直しを》 と追及している。
 一般の方が行政文書と聞くと、正確なものと誤解するが、そうでもない。行政文書の法的な定義は、「行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画及び電磁的記録であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているもの」(情報公開法第2条)だが、単なるメモでも他の職員が仕事で使い見せれば行政文書になるので、その正確性は別問題だ。
 議論となっている2015年2月13日「高市大臣レク結果」についてみると、作成者が明確な行政文書だ。しかし、正確性は当てにならない。というのは、先週の本コラムで書いたように、配布先に大臣、事務次官が抜けているので、正確性が担保されていない典型的な行政文書だ。配布先から、総務省全体ではなく旧郵政の内輪情報共有メモであることもわかるが、高市大臣が旧郵政から部外者扱いされたバイアスで書かれている可能性がある。
  ちなみに高市氏は、レクそのものの内容がおかしいと国会で 否定している
 これはかなり重大な国会での発言だ。日時が特定できるはずの2015年2月13日の高市大臣レクそのものがなかった可能性もある。その場合、レク結果をでっち上げてメモを作り、旧郵政関係者に配布した可能性もある。レクがあったがどうかは容易にわかることであるが、本稿執筆時点(3月12日)で総務省からも明快な説明がない。
首相動静をチェックすると
 レク結果の後に添付されている資料をみると、不可解な点もある。レク結果で書かれているように礒崎補佐官のことを高市大臣に説明するのであれば、レク資料に礒崎補佐官の名前が明記されていないとおかしいが、一切ない。これでは、担当課である総務省情報流津行政局放送政策課の法解釈における見解であると思ってしまう。レク結果では、口頭で礒崎補佐官に言及していると書かれているが、添付資料にはそれを裏付けるものがなくまったく不適切な行政文書である。
 高市大臣レクがなかったにもかかわらずレク結果が行政文書として残されたとしたとすれば、それこそ総務省そのものの存在意義に関する重大な話に発展するだろう。レクがあったとしても礒崎補佐官の名前を出さなければ、五十歩百歩だろう。
 さらに、総務省は10日、全体の文書の精査状況を 明らかにした 。全48ファイルのうち26ファイルは、現時点で作成者が確認できていないと説明。文書中の不自然・不一致箇所は6項目。引続き精査しているのは高市大臣と安倍総理関連。これで今回の行政文書の正確性がないのが分かるだろう。
 なお、日時が特定できるものとして2015年3月5日の総理レクがある。
 これは、作成者不明であるが、総理レクは16時5分から、総理、礒崎補佐官、今井秘書官、山田秘書官で行われたと書かれている。しかし、当日の首相動静では、16時8分まで 別件が入っている
 このため、総理レク結果の行政文書の正確性まで疑われている。首相動静は、一般的には政務秘書官の今井秘書官が作成しマスコミ各社に配布する。それによれば。16時8分まで別件で、16時58分官邸発となっているので、その間に総理レクが行われ、小西文書での作成者か、情報を架電した山田秘書官が開始時間を間違ったかの可能性もある。
全てチェックするのは物理的に困難だ
 いずれにしても、行政文書であるからといって、必ずしも正確でないことがわかるだろう。
 例えば、筆者の場合、2005年から06年に総務大臣補佐官(大臣室参事官)を経験している。その前の大蔵省時代、大蔵対郵政大戦争の最前線にいて、各種の政策議論を当時の郵政省と交わす立場だった。総務大臣補佐官の時どのように郵政内の行政文書で書かれていたのか興味があったので見たら、まったくデタラメだった。当時に筆者の驚きと、今回の高市大臣の反応は似たものだろう。
 2017年3月の加計問題でも、各省間での折衝の際、折衝メモがそれぞれの省の職員で作られたが、相手省の確認を受けておらずに、自省に都合よく書かれてその正確性は疑問視された。
 その後の行政文書作成のガイドライン改正で、政策立案などでの打ち合わせ文書では、相手方の確認を取るとされたが、それ以前では確認を取ることはなかった。
 今回問題とされている行政文書は2015年のものなので、正確性が確保されていなくても不思議でない。
 一般論として大臣へのレクにおいて官僚側に都合よくレク結果がまとめられがちだ。しかも、大臣レク結果を全てチェックするのは物理的に困難だろう。
 それにもかかわらず、朝日新聞の社説は、小西文書、つまり行政文書が正しいとの前提で書かれている。その正しさに異議を唱える高市氏を非難しているが、前提となる行政文書が正しくないのであれば、朝日新聞の社説のほうがおかしいとなる。
 ネット上では、高市氏が小西文書の正確性を立証する責任があるとの意見もでていたが、文書作成の総務省のほうから必ずしも正確でないとなった。
「官邸が圧力」というストーリー
 筆者の先週の本コラムその他で、小西文書を旧自治対郵政の下らないものとし、その正確性でも一部で違和感を書いたので、今回は当然の成り行きと思っている。しかし、小西文書を正しいものとして、論を展開していた、小西議員、朝日新聞などの左派マスコミはさぞ困ったことになっただろう。
 著名な女性記者は、高市氏を礒崎氏の名前を今年3月になってから初めて聞いたと勘違いして、嘘つき呼ばわりした。これに対し、高市氏は、当然礒崎氏を知っていたが、放送法解釈について礒崎氏の名前が出ているのを知ったのが今月という意味と丁寧に 答えている 。女性記者のほうが悪意の切り取りだが、そういう揚げ足取りしか出来ないのだろう。
 官邸がテレビに圧力というストーリーに、左派マスコミは酔っているようだ。実は、テレビは圧力をかけたいほどの存在でもない。
 例えば、テレビには放送法による政治的公平があるので、筆者のような見解-8年前の旧自治対旧郵政のやりとりを持ちだして今度の補選・県知事選で相手候補にマイナスダメージを与える-を地上波選挙コードで伝えることが出来ない。もちろん、筆者は自分のYouTubeチャンネルで 報じており 、すでに再生回数は300万回に達しようとしている(3月12日夕方時点)。
 いずれにしても行政文書だからといって正確であり、官邸がテレビに圧力というのは筋違いだ。
 そもそも、放送法の解釈は変わっていない。生前の安倍さんはテレビで放送法の縛りがあるならネットでいいといっていたほどだ。
 もっとも、今回旧郵政の行政文書が杜撰であったことが明らかになった。高市氏を蚊帳の外にするなど、旧郵政官僚の横暴も明らかになった。このままであると、下らない行政文書が明らかになっただけで、あまりに進歩がないので、筆者なりの改革案を提示しよう。
 そこまで旧郵政が総務大臣を排除したいなら、放送行政について、今の総務省に代えて世界標準の独立行政委員会方式のほうがいい。アメリカは連邦通信委員会、イギリスは通信庁、フランスは視聴覚・デジタル通信規制機構、ドイツは州メディア監督機構だ。ついでにいえば、通信行政についても独立委員会会で先進国は運営されている。
 放送・通信行政ともに独立委員会方式にして、技術進歩に対応するとともに政治的な関与をできるだけ少なくというのが世界の常識だ。独立委員会方式では、政治的公平については出演機会の確保などほとんど規制なしだ。日本は放送・通信で完全に先進国に乗り遅れたが、今回を奇貨として先進国にせめて規制だけはキャッチアップしたらいいだろう。
 左派マスコミは、放送法を守れなんて言っているが、まったく世界の潮流がわかっていない。放送法の変な縛りを外して独立行政委員会が正解だ。
高橋 洋一
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