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米国民主党は「ポリティカル・コレクトネス」をどこまで追求するか
近年、民主党の左派は、健康保険や経済的格差などの問題に関心を抱きつつ、地球温暖化、人種差別、ジェンダー、LGBTなどの問題群にも強い関心を寄せるに至っている。同時に、彼らは「ポリティカル・コレクトネス」に対する支持も強めており、それはとりわけ高学歴の民主党支持者や大学の教員・学生で顕著である。南北戦争時の南部の指導者に関連した銅像を撤去しようとするのみならず、ジョージ・ワシントン、トマス・ジェファソンらいわゆる「建国の父祖」すら、奴隷所有者であったという理由で、否定的な評価を受けつつある。プリンストン大学のウッドロー・ウィルソン大学院についても、ウィルソン大統領が黒人差別主義者であったとの理由で、改名を要求する運動が起きている。
2017年8月12日、ヴァージニア州シャーロッツビルにおいて、市内の公園に設置されている南北戦争時の南軍の司令官リー将軍の銅像を撤去しようとする動きがあったが、それに抗議する人々と彼らの集会に反対する人々の間で大きな衝突が起きた。
以下は必ずしも銅像撤去と同一の問題ではないが、ピューリサーチセンターの2016年の調査によると、「最近、あまりに多くの人々が他の人が使う言葉によって感情を害され過ぎる」という文章に同意する人の割合は59%であり、39%は「他人の感情を害することのないように、使う言葉にもっと気を付けるべきだと考える」と答えていた。前者はポリティカル・コレクトネスの考え方に反対ないし反発する人々であり、後者はそれを支持する回答者である。
ただし、この数字は平均値に過ぎない。政党支持別にみると、共和党支持者は78%対21%で前者の考えを支持し、民主党支持者は逆に37%対61%で後者を支持した。ちなみに無党派層は68%対32%で前者を支持し、共和党支持者に近い。有権者登録をした人のみが対象であるが、トランプ支持者では83%対16%で前者支持、クリントン支持者では逆に39%対59%で後者支持となっている。クリントン支持者の数値は民主党支持者とほぼ同じであるが、トランプ支持者は共和党支持者の平均値より高く、彼らは平均的共和党員より激しくポリティカル・コレクトネスに反発している。
トランプ氏は2015年から16年の大統領候補者時代、不法移民について多数の犯罪者や麻薬中毒者を含むと発言して、多くのジャーナリストから批判を浴びた。「メリー・クリスマスと普通に言えるようにしよう」という彼の訴えは、選挙戦を通じて高い人気を博していた(近年、市販されているクリスマス・カードなどにはSeason's Greetingsと記すのが慣例となっている)。これらの点を思い起こすと、彼の支持者がポリティカル・コレクトネス的価値観に基づく言論への制約に強く反発するのも理解できよう。
人種及びジェンダーの差も存在する。同じ民主党支持者であっても、白人は43%が前者の文章を支持するが、黒人の支持は23%のみである。共和党支持の白人では支持のスコアは79%にまで上昇する。民主党支持の女性においては、前者支持は31%であるが、男性ではそれは45%となる。後者を支持する数値が高い集団は、民主党の黒人(76%)、民主党の65歳以上(70%)、民主党の大学院卒および大学卒(どちらも70%)などである。民主党内では、必ずしも少数集団だけでなく、高学歴の白人も、ポリティカル・コレクトネスを強く支持していることは注目に値しよう。
すなわち、この問題をめぐる分断線は、白人対黒人、男性対女性という要素を持ちつつ、白人対白人という側面を濃厚に持つ pewreseach Reference1
最近のFOXニュースによる調査では、「ポリティカル・コレクトネスは行き過ぎである」という文章に同意する人は68%であり、同意しない人は19%であった。
共和党支持者では83%が、アメリカはあまりにポリティカル・コレクトネスに捕らわれていると感じているが、民主党支持者でも55%がアメリカでは言論統制が厳しすぎると感じ、同じく民主党支持者の72%が、そのために政治指導者が間違った判断を下してきたと感じている foxnews Reference2
ケイトー研究所の調査では、回答者の71%が、ポリティカル・コレクトネスは社会が行うべき重要な議論を封殺している、という考えに同意した。そして58%の人々が、その結果自分の考えを他人に言わないようにしていると答えた。興味深いことに、この点でも政党支持による違いが顕著である。強い民主党支持者ではそれに同意する人は30%に過ぎず、同意しない人は69%にも上る。
それに対して、強い共和党支持者では76%が自分の考えを表明しにくいと感じており、それを否定する人は24%に過ぎない cato Reference3
(図1)「強い民主党支持者」すなわちリベラル派は政治信念を共有することを躊躇しないが、「強い共和党支持者」すなわち保守派は自己検閲を行う可能性が高い。
Source: CATO AT LIBERTY, "Poll: 71% of Americans Say Political Correctness Has Silenced Discussions Society Needs to Have, 58% Have Political Views They're Afraid to Share" By Emily Ekins, OCTOBER 31, 2017
以上で紹介したのは、アメリカで多数存在するポリティカル・コレクトネスに関する調査のごく一部に過ぎない。世論は民主党支持者を含めて、全体としてそれが行き過ぎであると感じているものの、他の多くの争点と同様に政党支持者間で大きな差が存在し、とくに強い民主党支持者と強い共和党支持者で、受け止め方に大きな相違が存在する。全体として、ポリティカル・コレクトネスをめぐる現状について、共和党支持者の方が不満を抱いているとみてよいであろう。
このような文脈で考えると、アメリカ社会でトランプ大統領支持を表明することすら、民主党的雰囲気の場では明らかにポリティカル・コレクトネスに反するが故に、共和党支持者の一部が、公的な場はもちろんのこと、世論調査の際にも、自己検閲を行っている可能性は否定できないであろう。
このような傾向に対して、民主党内で懸念がないわけではない。つとに1991年、同党エスタブリッシュメントを代表する学者・元大統領補佐官であるアーサー・シュレジンジャー二世が『アメリカの分裂-多元文化社会についての所見』(岩波書店、1992年)を刊行して、個々の少数集団が過度な要求をぶつけ合う多文化主義的状況に警告を発した(Reference4
近年では、たとえばコロンビア大学のマーク・リラが民主党支持者として同党のアイデンティティ・ポリティックスの行き過ぎを批判しているが、それに対する同党内での批判も凄まじい newyorker Reference5
すでにみたように、世論全体としては「ポリティカル・コレクトネスは行き過ぎている」と感じているにもかかわらず、そのような懸念が民主党の中に深く浸透している気配はそれほどない。キャンパスにおいては、リベラル派が圧倒的多数であるため、それは驚くべきではないかもしれない。党の議員団レベルでは、ブルー・ドッグ・コアリションあるいはニュー・デモクラット・コアリションのような保守系・中道系の民主党議員連盟は存在するものの、主導権はプログレッシブ・コアリションなどの左派にある。
このような中で、高学歴のエリートの支持を受ける民主党の急進派は、アフリカ系アメリカ人、フェミニスト団体、LGBT系団体との関係を強め、ポリティカル・コレクトネスの主張をますます強めており、とくに大学という空間では様々な成果をあげているともいえよう。民主党内の労働組合派はそのような傾向に疎外感を感じているし、実際のところ、白人労働者階級の民主党支持者の一部は同党から去りつつある(2016年大統領選挙の出口調査は、白人で大学を卒業していない有権者の67%がトランプに投票したことを示している)。彼らの多くにとって、ポリティカル・コレクトネスに正面から挑戦するトランプの言動は、彼の保護貿易主義、強烈な反不法移民のレトリック、そして孤立主義のスローガン(2016年選挙戦当時)とともに、極めて魅力的に響く。
南北戦争後ほぼ百年続いた南北白人の対立感情はさすがに和らぎ、またここ半世紀で、プロテスタントとカトリックの歴史的対立と相互の偏見も緩和した。最近では、そのような宗派対立より、むしろ人工妊娠中絶に賛成か反対かといった対立の方が顕在化している(J.F.ケネディは1960年にカトリック票の78%を獲得したが、J.F.ケリーは2004年にその48%しか獲得できなかった)。キリスト教徒とユダヤ教徒の長年にわたる対立も、近年保守系キリスト教徒がイスラエル重視の態度を強めているために、かなり和らいでいる。これに代わって顕在化しているのが、高学歴の白人民主党支持層と、それに違和感を感じ、さらには強く反発する白人ブルーカラー層と白人保守層の対立である。
冒頭で指摘したように、無党派層もポリティカル・コレクトネスの行き過ぎを感じている。このような中でさらにポリティカル・コレクトネスを追い求める民主党左派の姿勢は、同党の将来にとってどのような含意をもつであろうか。
2018/07/27   久保文明(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

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