索引
日本にすり寄る底意は
 「新型肺炎の防疫に失敗した」と日本を見下していた韓国人が、突然「スクラムを組んで共にコロナと闘おう」と言い出した。その狙いを韓国観察者の鈴置高史氏が読む。
日本の感染拡大は韓国のチャンス
 鈴置:「日本が新型肺炎で混乱するのに乗じ、世界市場を奪おう」と韓国紙が主張しました。書いたのは中央日報のナム・ジョンホ論説委員。記事の見出しは「 『コロナ19』とはチャンス 」(3月31日、韓国語版)です。
 ナム・ジョンホ論説委員はまず、新型コロナウイルスによる肺炎の世界的な流行で、国際的な関係が様変わりすると強調。
 「防疫に失敗して威信が墜落する米国」と、「防疫ノウハウの提供を通じ世界をリードする中国」を例にあげました。そのうえで韓国にもチャンスが訪れた、と快哉を叫んだのです。
・このようにしてコロナにより、深手を負う国と軽い傷で終わる国が生まれ、国際秩序が変動しうる。例えば、「感染が拡大すれば2週間で感染者数が30倍以上になる」との安倍晋三総理の警告が現実となれば、日本は大きな混乱に陥る。
・ことに地域社会の感染をちゃんと防ぐのに失敗すれば、事態が長期化する公算が大きい。輸出品目が数多く重なる韓国が、反射的な利益を得ることが可能ということである。
「日韓逆転」は4月19日
…「日本よ、深手を負え。そうなればこっちが上だ」ということですね。
 鈴置:韓国人の本音がよく表れた記事です。韓国の1日当たりの新規感染者は2月29日に813人を記録した後、徐々に収束しました。4月2日には100人を下回り、4月末現在は10人前後に減っています。死者数はずっと1桁を維持してきました。
 一方、日本は3月下旬から新規感染者・死者ともに急増。日韓の累積感染者・死者数が同時に逆転したのは4月19日でした。
 韓国紙には3月末ごろから「防疫に失敗した日本」を上から目線で報じる記事が登場し、今や定番になりました。「日本経済へのダメージは大きい。1人当たりGDPで追い越すチャンス」などと期待する声もネットにはあふれます。
東日本大震災でも「チャンスだ!」
…「コロナによる日本の没落」が待ち遠しい……。
 鈴置:新型肺炎だけではありません。2011年の東日本大震災の時も「日本を追い越すチャンスだ!」と韓国紙は国民に呼びかけました。
 朝鮮日報の鮮于鉦産業部次長が書いた「 機会を捕まえる国、逃す国 」(2011年5月24日、韓国語版)を訳します。
・辛格浩(重光武雄)ロッテ会長は東日本大震災の直後、日本と韓国を「唇滅びれば歯寒し」の関係に例えたという。日本が痛みを感じれば韓国も痛い、ということだ。
・もちろんそうした関係も少なくない。だが、少なくとも韓国を食べさせ生き延びさせている製造業の分野では今、日本を越える高みにあと一歩と近づいたことは明らかだ。隣国の悲劇を喜ぶのはよろしくはないが、機会を逃すのも愚かなことだ。
・日本は朝鮮戦争で得た利益を元手に神武景気と呼ぶ爆発的な成長を実現した。日本はこの時、強国の地位に再び登った。冷酷な歴史だが、経済は冷静なゲームだ。韓国は偶然やってきたチャンスをどのように生かし、どれだけ維持できるのか。
同じ記者が「反射利益」を非難
…韓国人が心の底でどう考えているのか、よく分かる記事です。
 鈴置:今回も韓国紙に「本音」が噴出し始めたな、と見ていました。ところが「日本の肺炎拡大を喜ぶな」と説く記事が唐突に載ったのです。
 それも書いたのは「チャンスだ」と小躍りした、あのナム・ジョンホ論説委員なのです。中央日報の「 日本のコロナ感染拡大、喜ぶことか 」(4月14日、日本語版)のポイントを、文章を整えて引用します。
・日本の新型肺炎の感染者数が急増するにつれ、関連する記事に読者からの反日コメントがあふれる。「地獄の門が開かれた。1万人突破は時間の問題」「日本を絶対に助けてはいけない」…背筋が凍る内容ばかりだ。
・日本の感染拡大を心配しなければならない理由は人道主義のためだけではない。在日同胞だけで60万人、日本への留学生も1万7000人になる。
・コロナで日本経済が消える場合、韓国側が反射利益を得るとの期待もあるようだ。日本企業が低迷すれば、ライバルの韓国企業の海外占有率が高まるという論理だ。だが、他の外国にも競争者が山ほどいる世の中だ。日本が失った分をすべて韓国企業が占めるとの保証はない。
・最大の悩みは半導体・ディスプレー・化学製品など多くの戦略品目の核心材料・部品が依然として日本製だという点だ。部品を納品していた日本メーカーが止まれば、これら業界はもちろんのこと、水素自動車・人工知能(AI)
・バッテリーなど未来を拓く産業も決定的な打撃を受けるほかはない。
・韓国と日本がこれまでどのような葛藤を繰り広げてこようが、今は戦いをやめる時だ。
 同じ人が書いた記事とは思えません。たった2週間前の記事では「韓国が反射利益を得る」と喜んでいたのに、この記事では「反射利益を期待してはいけない」と主張を一転しました。
 「背筋が凍る」と非難された読者からすれば「2週間前のお前の記事こそ『背筋が凍る』ぞ」と言いたいでしょう。「在日同胞もいる」「韓国産業が打撃を受ける」とも言い出しましたが、そんなことは前から分かっていた話です。
オーナーの足を引っ張る
…ナム・ジョンホ論説委員はなぜ、変節したのですか?
 鈴置:私も首をひねっていたのですが、8日後の4月22日になって、ようやく理由が分かりました。中央日報が「 『共通の敵』に直面した韓日、争いやめて防疫協力を 」(日本語版)を載せたからです。
 4月20日に開かれた「韓日ビジョンフォーラム」というシンポジウムを詳報した記事です。冒頭から「出席者は『両国はパンデミック克服のために争いをやめて協力しなければいけない』と口をそろえた」と協調ムードを打ち出しました。
 すべての出席者の主張が紹介されましたが、最後に登場したのが主催者「韓半島平和構築」財団の洪錫ヒョン理事長。
 「パンデミックという圧倒的なイシューの中で現在の韓日葛藤は相対的に小さな事案だ。両国が協力しない理由はない」と訴えました。洪錫ヒョン理事長は中央日報の前会長で、現在も実質的なオーナー。つまり「韓日協力」はトップが定めた社論です。
 「日本の没落を活用しよう」と書いてしまったナム・ジョンホ論説委員は、社内でまずい立場に立たされたに違いありません。そこで、オーナーの足を引っ張ることになった記事を180度軌道修正し、新たな記事で上書きしたつもりと思われます。
感染拡大は抑え込んだものの
…なぜ、中央日報は「韓日協力」路線を打ち出したのでしょうか?
 鈴置:「共通の敵に立ち向かう」という美しい理由だけではないはずです。韓国には「日本との協力」が必要不可欠になったからです。日本との通貨スワップです。専門家ならだれもがそう考えます。
 韓国経済新聞の4月15日の社説「 自国民の帰還で互いに助け合う韓日、関係改善の機会にせよ 」(韓国語版)がその典型です。
 見出しの「自国民の帰還で……」は日本や韓国の政府がアフリカやインドなどに取り残された自国民を航空機で連れ帰った際、席に余裕があれば他の国の国民も乗せたことを指します。
 日本の便に外国人の一部として韓国人が乗ることもあったし、その逆もあった。画期的な協力というわけでもないのですが、韓国経済新聞はこれを基に以下のように主張したのです。
・コロナ危機克服は1つの国の努力だけでは不可能だ。感染症の終息はもちろんのこと、崩壊したグローバル供給網と交易の復元にも国際共助が必須だ。
・日本もコロナ感染者数が1万人に近づき、焦眉の急である。金融市場の安全網になるべき韓日通貨スワップの再開と外交・安保関係の正常化という我々の課題もある。
・これまでの惰性で「見もせず、会いもしない」では解決策に成りえない。困難な時に差し出す手は深まった感情の溝を埋め、関係改善の突破口となるであろう。
 新型肺炎の流行はとりあえず抑え込むことに成功した韓国ですが、経済の先行きには暗雲が漂っている。韓国の経済専門家の間では「日韓の間で通貨スワップを再開しておかないと、通貨危機に襲われかねない」との恐怖が広がっているのです。
 中央日報は4月27日、権泰煥韓国国防外交協会会長・予備役准将の寄稿「 コロナ危機に対応するため韓日が手を握るべき 」(日本語版)を載せました。安全保障の専門家が書いたこの寄稿でも「日韓通貨スワップ」の必要性が叫ばれたのです。
貿易赤字の懸念が4月に急浮上
…韓国はドル不足に陥ったのですか?
 鈴置:火急の事態、というほどではない。でも、このままいくと危ない。韓国の貿易収支が赤字に転じ始めたからです。過去の通貨危機は貿易収支が赤字か、黒字でもその幅が急速に減った時に起きています。貿易赤字への懸念が浮上したのは4月に入ってからです。
  4月1日―20日までの通関統計 を見ると、輸出額が前年同期比26・9%減の217・29億ドル。これに対し、輸入額は同18・6%減の251・84億ドル。原油安というハンデをもらいながら、輸入以上に輸出が減ったのです。
 この結果、4月の上・中旬の貿易赤字は34・55億ドルにのぼりました。4月は海外への配当送金も実行されますから、単月の経常収支はかなりの赤字に陥る可能性が高い。
 その赤字が引き金となって、激しいウォン売りが起きてもおかしくない。すでに韓国からの資本流出が始まっています。
 韓国銀行の「 2020年第1四半期 外国為替銀行の外貨取引動向 」によると、この期間の1日平均の外国為替取引高は593・7億ドルと、前の四半期に比べ9・2%増えました。世界的な株価暴落が原因です。
 外国の株価に連動する金融商品を販売していた韓国の証券会社が追加証拠金を海外に送金したことに加え、外国人が韓国株を手仕舞ったためと韓銀は見ています。いずれもウォンをドルに交換する取引が発生します。
「毒まんじゅう」の米韓スワップ
…韓国は米国から為替スワップを付けてもらいました。
 鈴置:あれは韓国にとって「毒まんじゅう」です。3月19日、米FRB連邦準備理事会が韓国を含む9か国の中央銀行と為替スワップ協定を結ぶと発表しました(「 新型肺炎発の韓国の通貨危機 米国の助けも不発で日本にスワップ要求…23年前のデジャブ 」参照)。
 これは「為替」スワップであって「通貨」スワップのように市場防衛に…ウォン売りに直接、対処できる仕組みではありません。
 もっと大きな問題は6か月間の期限があることです。今年9月までに韓国の潜在的なドル不足が解消する保証はない。米国は、為替スワップは延長しないぞ…金融システムの「つっかえ棒」を外すぞ、と韓国を脅せるようになったのです。
 なお、4月26日時点で、韓国は米国から与えられた為替スワップ枠600億ドルのうち、27%弱の161・9億ドル分を行使済みです(「 新宿会計士の政治経済評論・米韓為替スワップ:本当の危機は『コロナ後』に到来か 」参照)。
…米韓関係はかなり険悪です。
 鈴置:防衛分担金を巡り、トランプ大統領と文在寅大統領が鋭く対立しています。下手すると「米国の要求額には応じない。在韓米軍は出ていけ」と韓国側が言いだすかもしれない(「 文在寅で進む韓国の『ベネズエラ化』、反米派と親米派の対立で遂に始まる“最終戦争” 」参照)。
 1997年のアジア通貨危機の際、米国がドルを貸すなどの救済策を韓国に施さなかったのは、両国が深く対立していたからです(『 米韓同盟消滅 』第2章第4節「『韓国の裏切り』に警告し続けた米国」参照)。
 1992年、韓国は中国と国交を樹立すると、米国の軍事情報をひそかに渡し始めました。これに怒った米国は、韓国の通貨危機を利用し「お仕置き」したのです。今、当時の状況と酷似してきました。
雇用大乱が呼ぶ金融危機
…米国とのスワップは頼りにならない。日本とスワップを結ぶしかない、ということですね。
 鈴置:その通りです。それに今回の危機は単なるドル不足に留まらない、と警戒する人も出てきました。経済学者で今期まで国会議員を務めたチェ・ウンヨル氏です。
 「共に民主党」所属ですが、左派の暴走のブレーキ役とも言われた議員です。「アプリを使ったタクシー配車を禁止する法案」に同党の国会議員でただ1人、反対しました。労働組合に気を使って技術革新をないがしろにする左派に抵抗したのです。
 韓国経済新聞のインタビュー「 チェ・ウンヨル、『与党、今や言い訳はできない…経済生き残りに無限の責任を感じよ』 」(4月17日、韓国語版)を訳します。
・チェ・ウンヨル議員はインタビューが始まるや、A4用紙に鉛筆で「消費の崖―売上高の減少―黒字倒産―雇用の消滅―金融危機」と書いた。そして「新型肺炎が経済にもたらす危険の経路」と説明した。
 「消費が激減すれば、企業の売上高が減り、倒産が多発、雇用が悪化する」のはどの国も同じです。ただ、「雇用の消滅」が「金融危機」を呼ぶ点が韓国独特の問題です。
 韓国の家計の負債比率は高い。金融機関からおカネを借りて不動産投機するサラリーマンが極めて多いからです。
 彼らが職を失えば、金融機関の不良債権は一気に増えます。倒産多発と相まって、韓国の金融システムは大いに毀損されるのです。金融論が専門のチェ・ウンヨル議員は「与党大勝」と浮かれる左派政権に、新聞を通じて警告を発したかったのでしょう。
 実際、韓国語で言う「雇用大乱」が始まりました。韓国の統計庁が発表した「 2020年3月の雇用動向 」によると、3月の就業者は前年同月比19万5000人減りました。世界金融危機当時の2009年5月の24万人減に次ぐ数字です。
韓銀総裁も首相も「日本とスワップを」
…ところで、金融危機と通貨危機はどう異なるのですか?
 鈴置:学問的な定義はともかく、メディアではドル不足の状態を通貨危機と呼ぶことが多い。だから「通貨危機」は、金融システムが破壊される「金融危機」に必ずしもつながるわけではない。
 2008年の韓国がこれに当たります。米国からドルを借りて国内に供給し、そこで危機を食い止めた。
 半面、「金融危機」、つまり民間の金融機関が信用を失えば、海外からドルを調達できなくなって「通貨危機」も起こす可能性が極めて高い。1997年の韓国です。金融危機下では、企業に加え金融機関もどんどん破綻するので、経済全体がたちまち破壊されてしまう。
 チェ・ウンヨル議員はこの記事では日韓スワップには言及しませんでしたが、金融危機の恐ろしさをこんこんと説いたのです。
…韓銀総裁は日本とのスワップに前向きです。
 鈴置:韓銀総裁だけではなく、経済副首相兼企画財政相も大いに乗り気です。専門家は皆、韓国経済が置かれた状況が分かっているからです(「 新型肺炎発の韓国の通貨危機 米国の助けも不発で日本にスワップ要求…23年前のデジャブ 」参照)。
 彼ら、経済の2トップに1週間遅れ、3月27日には丁世均首相も「これまで外国為替市場への貢献が大きかったので韓日通貨協定を締結するのが望ましい」と語りました。この人は経済専門家ではありませんが、専門家の意見をよく聞く人と言われています。
マスクとスワップの交換
…青瓦台には逡巡する気配もあります。
 鈴置:4月2日に青瓦台関係者が「韓国を競争国と見なす日本はスワップに応じないだろう」と述べたと朝鮮日報が「 もう1つの安全弁『韓日通貨スワップ』再開は不可 」(4月2日、韓国語版)で報じました。「日本に頼んでも、どうせ断られる」との判断です。
…では、韓国はどうするのでしょう?
 鈴置:「マスク作戦」を検討しているようです。マスク不足に苦しむ日本に送ってやると持ちかける。「無能」と批判されている最中だから、安倍晋三政権も「NO」とは言えない。その代わりに通貨スワップ締結を持ちだす。もし、マスクとスワップの交換に応じなければ「安倍がマスクを断ったぞ」とリークすると脅す…手口です。
 先に引用した「 『共通の敵』に直面した韓日、争いやめて防疫協力を 」でも、ソウル大学のチョ・グァンジャ教授が「韓国政府が先に韓日関係の転換のきっかけを用意することができる。日本にマスクを送るなど実質的な支援を見いださなければいけない」と語っています。
 韓国経済新聞の「 自国民の帰還で互いに助け合う韓日、関係改善の機会にせよ 」の「日本もコロナ感染者数が1万人に近づき、焦眉の急である(中略)。韓日通貨スワップの再開という我々の課題もある」という部分も「スワップ」と「何か」の交換を主張しています。
 中央日報など韓国紙は「 韓国政府、米国・日本と韓国戦争参戦国にマスク支援を検討 」(4月20日、日本語版)と報じました。日本は正式な参戦国ではないのに、マスク支援先リストに敢えて入れているのが怪しいのです。
「韓国式はすごいぞ!」
…でも、マスクだったら台湾から買う手もある。すでに台湾はマスクを日本に無償で送ってくれています。
  鈴置:マスクの代わりにPCR検査キットを使う手があります。朝日新聞は4月25日、ソウル発で「 韓国、PCRキットの提供検討 日本から『要請』が前提 」と報じました。安倍政権も検査数を増やすと表明しているものの民間への委託が進まないこともあって、なかなか増えない。
 文在寅政権にすれば通貨スワップと交換できればよし。もし断られたら、日本国内の反・安倍勢力に「我々の命綱となる韓国の検査キットを拒否した」と批判させて安倍政権を揺さぶることができます。
…韓国の検査キットは「命綱」なのでしょうか。
 鈴置:同じ4月25日、朝日新聞は「 『世界標準』の韓国式コロナ検査 日本が採用しない理由 」を載せました。「韓国式」のセールスが日本で始まったわけです。
〔参考〕韓式謀略= 日本の産業を潰す為の罠

「ワロス曲線」 もう少し精緻に分析しなおしてみました
先日の 評論記事 では、私たちの隣国である韓国が、リーマン・ショック(※)以降のドサクサに紛れて、自国通貨・ウォンを意図的に低くする為替操作を行った可能性がある、という仮説を提示しました。
(※「リーマン・ショック」は、米投資銀行大手リーマン・ブラザーズの経営破綻(2008年9月15日)に端を発する金融危機を指す用語としてわが国で一般的に用いられているもの。ただし、英語圏では “Lehman shock” という用語では通じないようですので、ご注意ください。)
ただ、これについては自分自身で読み返したところ、やや議論が甘い箇所もあったので、改めてこの「通貨安誘導」の部分に再び焦点を当てて、もう少しわかりやすく当時の状況を説明したいと思います。
これについては、まずは韓国の通貨・ウォンの状況から説明しておきましょう(図表1)。
図表1 韓国ウォンの状況(2008年3月~2009年3月頃)
(出所:韓国銀行。データは終値ベース)
韓国銀行のデータによると、ウォンは2008年9月から10月にかけてグングンと売られ、10月8日にはいったん1ドル=1398ウォンにまで売られるものの、いったんは何とか持ちこたえ、10月14日には1192.5ウォンにまで買い戻されます。
しかし、その後も売り圧力が続いたのか、10月27日には1ドル=1472.5ウォンにまで売り込まれたものの、再び何とか持ちこたえ、11月4日には1ドル=1254.5ウォンにまで買い戻されます。ところが、再度ウォン売り圧力が高まり、今度は11月20日に1ドル=1525ウォンにまで売られたのです。
この「ウォン安」→「ウォン高」→「ウォン安」→「ウォン高」→「ウォン安」、という流れ、アルファベットの「W」にそっくりですね。だからこそ、わが国の某匿名掲示板では、その形状から、誰からともなく、これを「ワロス曲線」などと言い出したのだと思います。
具体的には500億ドルが流出
これについて、別の統計からも、あらためて状況証拠を示しておきましょう。
2008年4月から12月にかけて、韓国が為替介入を行ったと思しき額、韓国の企業や銀行などが外国金融機関から借りている短期債務の額が、偶然でしょうか、ともに500億ドルほど減少していることが確認できます(図表2、図表3)。
図表2 2008年1月以降の韓国の外貨準備高増減要因分析
年月 為替介入額? 現預金+有価証券残高
2008年4月 ▲38.9億ドル 2603.2億ドル
2008年5月 ▲22.6億ドル 2580.4億ドル
2008年6月 ▲10.3億ドル 2579.4億ドル
2008年7月 ▲101.8億ドル 2473.6億ドル
2008年8月 ▲2.5億ドル 2430.4億ドル
2008年9月 ▲7.0億ドル 2395.1億ドル
2008年10月 ▲206.7億ドル 2121.0億ドル
2008年11月 ▲108.9億ドル 2003.5億ドル
2008年12月 ▲26.6億ドル 2010.6億ドル
2008年4~12月 合計 ▲525.3億ドル
2009年1月 +43.6億ドル 2015.8億ドル
2009年2月 ▲6.2億ドル 2013.8億ドル
2009年3月 +25.3億ドル 2061.8億ドル
2009年1~3月 合計 +62.7億ドル
(出所:韓国銀行データ、WSJデータなどを参考に新宿会計士作成)
図表3 韓国の「1年以内の外貨建短期債務」と増減
年月(四半期) 前四半期比増減 短期債務残高
2008年3月末 1406.2億ドル
2008年6月末 ▲41.7億ドル 1364.5億ドル
2008年9月末 ▲67.0億ドル 1297.5億ドル
2008年12月末 ▲415.3億ドル 882.2億ドル
2008年3~12月 合計 ▲524.0億ドル
2009年3月末 +103.5億ドル 985.73億ドル
(新宿会計士作成)
ところが、この外貨準備高の減少、外貨建短期債務の減少は、いずれも2009年に入り、反転します。外貨準備高については2009年1月からの3ヵ月間で為替要因を除いても62.7億ドル増えるとともに、外貨建短期債務残高についても前四半期比で103.5億ドルのプラスに転じているのです。
つまり、外貨準備統計、CBS統計の両者から判断する限りは、韓国の金融危機は2008年12月をもってほぼ落ち着き、2009年には逆に韓国への資金流入が生じていることが、ハッキリと確認できるのです。
バックストップ 通貨スワップと為替スワップ
これについて参考になる仮説があるとすれば、通貨スワップと為替スワップです。
韓国はもともと、チェンマイ・イニシアティブ(CMI)に基づく米ドル建ての通貨スワップ協定(上限:100億ドル)や円建てのスワップ協定(30億ドル相当)を日本との間で保有するなどしていたのですが、2008年には次の3つのスワップを締結または増額しました(図表4)。
図表4 通貨スワップと為替スワップ
種類と締結日 極度額 備考
米韓為替スワップ(10月29日) 300億ドル 民間金融機関への米ドル融資
日韓通貨スワップ(12月12日) 300億ドル 130億ドルから増額
中韓通貨スワップ(12月12日) 1800億元 人民元建ての通貨スワップ
(出所:新宿会計士)
このうち、米韓為替スワップについては、いわゆる通貨スワップではなく為替スワップであり、民間金融機関に対して韓国銀行を経由でドル資金を貸し付けるという協定ですが、日本、中国とのスワップはいずれも通貨スワップとされています。
日本、中国との通貨スワップが発動されたという報道発表は残されていないようですが、米国との為替スワップについては、各国が引き出した金額が米連邦準備制度理事会(FRB)のウェブサイトに残されており、韓国が引き出した為替スワップの額を時系列で整理したものが、図表5です。
図表5 韓国が引き出した米韓為替スワップ(流動性ファシリティ)の額
(新宿会計士作成)
ただし、米韓為替スワップ協定(※当時の上限は300億ドル)自体は10月時点で締結で合意していたのですが、現実にこのスワップに基づく流動性供給が実施されたのは同年12月に入ってからのことであり、若干のタイムラグは発生していました。
しかし、韓国銀行は初回に40億ドルを借り入れ、以降は30億ドル少々ずつ引き出し、2009年1月22日には163.5億ドルに達したのですが、それでも極度額である300億ドルにはまだ136.5億ドルの余裕がありましたし、しかも残高は徐々に減り始め、2009年末にはほとんどなくなってしまいます。
ということは、米韓通貨スワップを引き出したことに加え、日本や中国が大型の通貨スワップで韓国を資金面でバックアップしてくれたことで、韓国では金融危機がほぼ終息したのではないか、という仮説が浮かぶのです。
外貨は逆に流入超過に!
先ほどの図表2、図表3、図表5からは、韓国の外貨が2009年前後にどう推移したかが何となくわかります。というのも、外貨準備の増加、外貨建短期債務残高の増加、米韓為替スワップの行使により、2009年3月までに、ざっくり330億ドルほどの外貨が韓国には入っていたはずだからです(図表6)。
図表6 韓国の外貨資金繰りの改善(2009年3月頃まで)
区分 金額 時期
①外貨準備高(為替要因除く) +62.7億ドル 2009年1~3月
②外貨建短期債務残高 +103.5億ドル 2009年1~3月
③米韓為替スワップ引出額 +163.5億ドル 2008年12月~2009年3月
合計 +329.7億ドル
(出所:新宿会計士)
もちろん、この金額は、韓国が2008年4月から12月にかけて為替介入で溶かした525.3億ドル(図表2参照)と、外国金融機関から貸し剥がされた短期融資524.0億ドル(図表3参照)の合計額(1049.3億ドル)と比べれば、その3分の1弱に過ぎません。
しかし、とくに韓国の金融機関が入手した外貨の額(図表6に示した②、③の合計額、つまり267.0億ドル)は、2008年4月から12月までに外国から貸し剥がされた金額(524.0億ドル)の半額であり、決して少ない金額ではありません。
やはり、韓国は2009年には金融危機をほぼ脱していたものと考えて良いのです。
ワロスと富士山の違い
以上を踏まえて改めて考察したいのが、冒頭に示した図表1です(再掲)。
(再掲)図表1 韓国ウォンの状況(2008年3月~2009年3月頃)
(出所:韓国銀行。データは終値ベース)
いかがでしょうか。
韓国ウォンが売られている「ヤマ」が4つあります。 ただ、このうちの2008年における「3つのヤマ」と、2009年3月におけるヤマは、形が全然違います。前半3つのヤマはまさに「ワロス曲線」そのものですが、2009年3月のヤマは、富士山のように単発のヤマだからです。
そして、2009年3月のウォン安に関しては、投機筋の攻撃によるものというよりはむしろ、韓国の通貨当局があえてウォン安介入をし、ウォン安に行き過ぎたのであわてて調整した、という具合に見えてしまうのです。
というのも、2009年3月においては、韓国の外貨準備(※為替要因除外ベース)はむしろプラスに転じており、2008年10月~12月の資金流出局面ではないからです。
仮説「韓国は安全弁があれば平気で為替介入する」
以上より、2008年から2009年にかけての韓国では、次のような現象が発生したのではないかと推測できるのです。 上記の仮説が正解だったとして、では、なぜ韓国は通貨安政策を採用したのでしょうか。
その理由はおそらく、金融危機後に傷ついた実体経済を回復させるために、通貨安誘導することで輸出主導で経済を回復させるためでしょう。
これが日本や米国などの先進国の場合だと、金融政策と財政政策を適切にミックスさせて経済を回復させる場面であるはずです(※日本の場合はなぜか財務省が財政政策を極端に渋っているという別の問題がありますが…)。
しかし、韓国の場合は金融政策を打つと為替相場が不安定になるという特徴もありますし、あまり量的緩和をやり過ぎれば通貨が暴落してしまいかねない、という不安を、おそらく政策当局者も抱いているフシがあるのです( 評論記事 )。
だからこそ、「安心して為替介入で通貨安誘導を行うための安全弁が欲しい」、というのが、韓国側の本当のニーズではないのか、と考えた次第です。
その後、何があったのか 日韓通貨スワップにより、エルピーダメモリが潰された?
前回のリーマン・ショック時、韓国は金融危機に見舞われましたが、その後、意外と回復が早かったのも事実です。
しかし、その背景としては、韓国が2008年の金融危機を奇貨として通貨安誘導を行い、1ドル=1100~1200ウォンの状況を常態化させたことに加え、2009年には日本で民主党政権が発足し、円高を放置した結果、韓国企業が日本企業に対してかなりの優位に立った、という事情が考えられます。
表現は悪いのですが、 のミックスにより、日本の産業が韓国によって潰され、その間、日本のさまざまなメーカーがこぞって日本を脱出しました。たとえば、半導体大手のエルピーダメモリが2012年2月27日に経営破綻したのも、結局は円高放置と民主党政権の無為無策が原因でした
エルピーダ倒産の全貌 )。
そういえば、リンク先の『東洋経済オンライン』によれば、当時の政策投資銀行は
「日本にDRAMは必要ない。韓国から買える」
と言い放ったのだそうです。
そして、2010年代を通じて、半導体は一貫して韓国の基幹産業であり続けています。エルピーダメモリは日韓通貨スワップの犠牲者だった、という言い方をしても良いのではないでしょうか。
総額700億ドルの野田佳彦スワップ
ついでに、リーマン後の日本がいかに韓国に対して甘かったかという点について、2011年10月の「野田佳彦スワップ」、つまり、日本が韓国に対して「700億ドルという大盤振る舞いをした」という措置についても振り返っておきましょう(図表7)。
図表7 日韓通貨スワップの上限の変遷
時点 上限額 内訳
2001/07/04:CMIに基づきドル建ての日韓通貨スワップ開始 20億ドル 20億ドルの全額がドル建て
2005/05/27:円建て通貨スワップ開始 50億ドル (円)30億+(ドル)20億
2006/02/24:CMIスワップの増額 130億ドル (円)30億+(ドル)100億
2008/12/12:リーマン・ショック後のスワップ増額 300億ドル (円)200億+(ドル)100億
2010/04/30:リーマン増額措置終了 130億ドル (円)30億+(ドル)100億
2011/10/19:「野田佳彦スワップ」開始 700億ドル (円)300億+(ドル)400億
2012/10/31:「野田佳彦スワップ」終了 130億ドル (円)30億+(ドル)100億
2013/07/03:円建て通貨スワップ終了 100億ドル 円建てスワップが失効したので、ドル建てのみが残る
2015/02/16:CMIスワップが失効 0億ドル ドル建てスワップについても失効
(出所:日銀、財務省、国立国会図書館アーカイブ等を参考に新宿会計士作成。なお、日銀、財務省が一部過去データを抹消しており、国立国会図書館アーカイブも不完全であるため、誤っている可能性もある)
つまり、韓国が日韓通貨スワップを裏付として、安心して通貨安誘導を行い、それにより日本の産業競争力を削いできたというのが、リーマン・ショック後の10年余りの展開だったのかもしれません。
こうした見方が正しいかどうかは、もう少し長い目で見る必要があるのかもしれませんが、あながち間違いではないと思います。
韓国が日韓通貨スワップを求めるわけ
さて、韓国が最近、日韓通貨スワップをしつこく求めている理由については、これまで当ウェブサイトとしては、大きくつぎの3つを列挙していました。 しかし、冷静に考察していけば、韓国は李明博政権時代に、日韓通貨スワップをバックストップとして為替介入を常態化させ、そのことにより結果的に産業構造が似ている日本のライバル企業が倒産・業績不振の憂き目に遭う、ということを経験してきたことを思い出す必要があります。
ということは、韓国の保守派(あるいは用日派)が現在、本気で考えていることと言えば、ずばり、 ということではないでしょうか。
そして、韓国側がこの目的どおりに日韓通貨スワップを使うならば、2010年代前半に発生した、「韓国が日韓通貨スワップなどをバックストップに為替介入を常態化させ、結果的に産業構造が似ている日本経済を潰す」、という事態が再来することにもなりかねません。
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「リーマン・ショックで経済が傷ついたものの、米国が米韓為替スワップで韓国の民間銀行に対する流動性支援を実施してくれるようになったほか、日本が巨額の通貨スワップで韓国の金融システムを下支えしてくれたことで、為替介入を常態化させて輸出主導で経済回復を実現した。」
という仮説が正しければ、韓国にとっては、当時と似たような状況がすでに2つ生じている、ということでもあります。あとは日韓通貨スワップさえあれば、安心して為替介入を常態化させ、ウォン安に誘導したうえで日本の産業を潰すことができるのかもしれません。
ただし、唯一の救いがあるとしたら、現在の文在寅政権が経済オンチであり、李明博政権と比べてうまく経済運営できるとは限らない点に加え、どうも来週予定されている総選挙では、文在寅氏の出身母体である左派政党が勝利しそうな勢いである、というところでしょうか。
その意味では、個人的には「影の親日派」である文在寅氏の出身母体である「ともに民主党」が躍進して欲しいと心の中では願っている次第なのです。
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