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 もはや一つの社会現象となった「#検察庁法改正案に抗議します」。一時は強行採決も辞さない構えを見せていた安倍内閣も急遽方針転換、5月18日に今国会での成立を断念すると報じられました。しかし事態はこれで収まらず、20日に黒川検事長と新聞記者の賭けマージャンが「週刊文春」にスクープされると翌21日は黒川検事長が辞表を提出。はっや。ポーカー賭博で御用となった際の謝罪会見で着用していた柴田勲さんのトランプ柄セーターを思い出す間も無い、何とも呆気ない幕引きでした。
 政治家、官僚、マスコミがくんずほぐれつやっている間に、芸能人は芸能人で「政治的発言」をめぐる熱い領土争いを繰り広げる、こちらテレビの世界のお話です。17日に放送された『ワイドナショー』(フジテレビ系)、この日番組では件の「#検察庁法改正案に抗議します」を取り上げ、検察庁法改正案についてはツイッターで知った、自分は勉強していないのでツイートしなかった、実際に「ハッシュタグをツイートして」と頼まれた……etc.の自説を展開したのは、コメンテーターであるタレントの指原莉乃さん。
  指原さんの発言により、タイムラインはすぐさま炎上の様相を呈していました。「芸能人はハッシュタグをツイートするよう圧力を受けていた!」とセンセーショナルに報じるまとめサイトや「指原はやっぱり賢い」と絶賛する人たちの一方で「芸能人が何も考えずにツイートしたような印象操作をしてる」と嫌悪感を露わにする人、はたまた「指原は安倍首相とご飯に行ったりしてるから政権寄りの発言をする」と不穏な邪推をする人まで、否定的な意見の多さにも驚きました。だって指原莉乃さんといえば「私テレビで失敗しないので」の人だから。彼女が実際に何を語ったのか、ツイートやネットニュースでなく、実際の映像を振り返ってみましょう。
 「私も実際に芸能の方のツイートを見て、ああこういうのがあるんだと知ったので、それを知ってる人がそういう風に広めてくれて、で、勉強する、関心を持つっていう点はすごくいいなと思ったんです。自分もこうして関心を持てたので」
 まずはハッシュタグの広まりについて、こう述べた指原さん。しかし彼女は実際にはツイートはせず。その理由について
  「ただツイッターとかで、今回ので言うと、簡単な、すごく簡単に記された相関図とかが載って、それが拡散されてここまで大きくなったと思うんですけど、本当にそれを信じていいのかとか、双方の話を聞かずに勉強せずに偏ったものだけ見て『え、そうなの、やばい、広めなきゃ』っていう人が多い感じがして、今。正直この件に関しては私はそこまで信念がなかったので呟けなかったです」
 そして司会の東野幸治さんに
 「ちなみにツイッターとかで、指原さんもハッシュタグをお願いしますみたいなのは来てたんですか」
 と問われると
 「来てまし……た。どう思うんですか?って」
 「おお、ホント」松本人志さんの驚きリアクションのデカさにカメラを持っていかれ、結局「来てました」の詳細は語られないまま終わってしまいました。
 発言を振り返ると、指原さんはただ「自分がツイートしなかった理由」を述べているのが分かります。おそらくいくつかのトラップを意識しながら発言していたのでしょう。「関心を持ててよかった」とこの事象に感謝しつつ「すごく簡単に記された相関図」を安易に信じない私、「信念がなかったので」安易にツイートをしない私を表明する。「賢明さ」と同時に、SNSというものへの「慎重さ」もアピールできますよね。芸能界における「政治的発言」としてはパーフェクトではないでしょうか。
 荒波を生き抜いてきた指原さんの中では「勉強しないで政治的な発言をしてはならない」という考えが「正解」で、そうではない人(偏ったものだけ見て「え、そうなの、やばい、広めなきゃ」っていう人)は「不正解」だと、そういう判断をしたのだと思います。
 そもそも、小泉今日子さんやきゃりーぱみゅぱみゅさんと指原さんは「対」ではない。指原さんは「検察庁法改正案に賛成します」と言っているわけじゃない、ただツイート「しなかった」というだけです。なので指原発言を「やっぱり芸能人は自分の意思ではなく何らか圧力があってツイートしてたんだ!」と勝利宣言ブチあげるのも、「安倍首相と仲良しだから庇うんですね!」と罵詈雑言浴びせるのも、どちらもズレてる。ヘイトでもない限り、自らの意思で発言したことは、それがどんな意見であっても尊重されないといけないですもんね。
 今回この場で考えたいのはそれじゃないんです。私は実際にこの放送を観て「ぐへ~うまいね~」とは思ったものの、そこまで炎上するものだとは思わなかった。とにかく今までの芸能界的には「さすが指原、公平だね~」と言われるものだったと思います。もっと「賛」で埋め尽くされてもおかしくないのに、そうは受け取らない人が多かった。この発言に対して、怒りや憤りを感じた人が多かった。それはなぜなのだろうかと。
 指原さんといえば、AKB 48という大所帯アイドルグループの中で、絶対エースと言われた前田敦子さんや大島優子さん、オシャレ番長的ポジションの篠田麻里子さんや板野友美さん、圧倒的アイドル感の渡辺麻友さんや柏木由紀さんらとは全く異なる戦いをしてきた人です。イジられ上手の「ヘタレ」キャラでブレイクし、そこからは一流のコメント力でのし上がっていった。
 ブレイク直後くらいですかね、何かのバラエティ番組で「AKBは2年後に終わってる」「(将来が不安だから)危険物取扱者の資格を取ろうと思ってる」と言い放ち、出演者たちの度肝を抜いていました。ブームはいつかは終わるという見立てもさることながら、今をときめくアイドルと危険物取扱者という組み合わせのインパクトもすごかった。自虐と皮肉、鋭さと賢さでバラエティの「正解」をバンバン出し続け、いつしか自分自身がAKBの絶対的エースとなったのでした。
  そして「(将来が不安だから)危険物取扱者の資格を取ろうと思ってる」という野望すら実現させてしまうのです。もちろんホンモノの資格ではなく、芸能界の「大物」という「危険物」を操ることに尋常じゃない能力を発揮したという意味で。AKBグループの総合プロデューサーである秋元康さんにも怯まずガンガン行き、秋元さんは秋元さんで時に噛み付いてくる指原さんのセルフプロデュース能力を高く評価し重用してきました。権力者って、従順な僕より無謀な若者を可愛がったりするじゃないですか。もちろん指原さんは正しい「噛みつき方」を知っているので、相手に深手を負わせるようなことはしない。
 そんな指原さんの「危険物取扱能力」全開だったのが、同じ『ワイドナショー』での、あの松本人志セクハラ発言ではなかったでしょうか。
 NGT48山口真帆さん暴行事件に関して今後の対策などを真剣に話していた指原さん。「指原さんが運営のトップに立っては?」と問われ「私がトップに立っても何も変わらない」と答えた指原さんに、松本さんが言い放った「それはお得意の体を使って何とかするとか」というあの発言です。この、言い逃れできないほど(なんでカットしなかったんだろ……)ひどい発言に一瞬にして表情を固くした指原さん。ネットでも主に女性から「ありえない」「指原さんに失礼」と非難の声が上がっていました。しかしこの炎上は思わぬ形で鎮火することになります。
  「松本さんが干されますように!!!」
 これは放送後、2019年1月15日の指原さんのツイートです。セクハラ発言のガチな追及ではなく、芸能的な茶番でこの騒動を終わらせたのでした。
 「この発言はどういう意味ですか?」ではなく「もう、怒ってるんだからね!」というやつ。松本さんは救われ、指原さんは度量のデカさを見せつけられる。実際にこのツイートの後は「さすが、指原!」と絶賛するコメント大量発生、指原さんの株は爆上がりしました。
 世間的には大成功に見えたこの手打ち。でも今思えば、この辺りから如何ともしがたい「ズレ」は起こっていたのかもしれない。「セクハラを笑いで処理する懐の深さ」が称賛される現状に、うんざりしている女性(男性)がいて、そして徐々に世の中は「嫌なものは嫌」と表明する方向に傾きつつあるということ。
 さて、こちらは例の『ワイドナショー』で、指原さんと同じ質問を振られたEXITのカネチこと兼近大樹さんのコメントです。
 「だいぶむずいんですけど、勉強しないと参加したらいけないっていうのが政治っていうわけじゃなくて、誰でも発言する、批判することって自由だと思うんですよね。それを大人たちが都合悪いから、若者は参加するだけで叩かれたりとか。芸能人なんて特に影響力あるから言わないでくださいとか言われるんですけど、そんなの影響力を持ったのは自分で持ったもので、自分の思うことを発言するのは本当に自由だと思うので」
 「俺が一番残念なのはこれできゃりーぱみゅぱみゅさんがツイートして、それを叩かれてそれを見た若者たちが『あ、やっぱり政治に参加したらこういう嫌な思いするんだな』『大人からこういうこと言われるんだな』っていうので衰退していくのが、一番なんかダルいっすね」
  「大物」や「権力者」の中で、指原さんは主に「家庭内野党」のような役割を果たしていたのだと思います。率直な物言いをする指原さんは従順な僕より刺激的で、だけど決して自分を「食う」ようなことはしない安心感もある。この放送で言えば、指原さんはこのカネチ的なポジションだったのではないかと思うのです。若者の率直な意見で大物たちを「おお」と言わせる役。時代の流れ、ネットの流れを敏感にキャッチして自分のものにする、そして「チャラいけど、物事の本質ついてる」と周囲を唸らせるのが彼女の真骨頂だったのではと。それをあっさりとカネチに取って代わられてしまった。
 それは指原さん自身が「大物」「権力者」になった故のズレなのか、テレビ的な「正解」が必ずしも世間の「正解」ではなくなった、我々受け取る側の「変化」なのか。
  しかし一つ言えることは、今日本全体が「賢く振る舞い疲れ」みたいなものに覆われていること。「正しくあれ」「賢くあれ」という圧力、言い換えれば「正解」以外は発してはならないというような圧力に対して、人々が思いも寄らないような拒否反応を示し始めてるということ、でしょうか。指原さんはあの発言で大きなミスは犯さなかった。しかし彼女が一番大事にしてきたであろう「世間の風向きを読む」ことに関しては、少々ミスを犯してしまったのかな…
2020_05_24 西澤 千央
 見当違いです。西澤 千央 さん!
 貴女が「風向きを読む」べきと仰る「世間」は、極めて狭い特殊な空間。
 「蒙昧の闇」を暖かい眼差しで照らし続ける女神として、「テレビで失敗しない人」を崇める人々は更に増殖するものと思われます。

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